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残響  作者: れすた
24/40

第二十四話 見える人々

 それから、数日が経った。


 雲母と足立は、再び街を歩いていた。


「……」


 雲母は時折、周囲へ視線を向けている。


「雲母お嬢様」


「何ですの?」


「また、います?」


「ええ」


「何人くらいですか?」


「今見える範囲では、三人ですわね」


「……やっぱり多いですね」


「そうですわね」


 以前なら、街中で死者の意識を見かけること自体が珍しかった。


 だが、今では違う。


 わざわざ探す必要もない。


 少し歩けば、どこかにいる。


 死の直前と思われる状態を繰り返している者。


 周囲へ何かを訴え続けている者。


 こちらの問いかけに反応する者。


 そして、以前の記憶を持ったまま再び現れる者。


 それぞれ状態は違う。


 だが。


 雲母に見える死者の意識が増えていることだけは、もう間違いなさそうだった。


「……」


 雲母は歩きながら、一人の死者へ目を向ける。


 道路脇に、一人の女性が座り込んでいる。


 俯いたまま、何かを呟いていた。


 死者の意識だ。


「……またですのね」


「確認します?」


「いえ」


 雲母はそのまま歩き続ける。


「今日はよろしいですわ」


「珍しいですね」


「あら?」


「絶対見に行くと思ってました」


「わたくしだって、見かけるたびに確認していたら何もできませんわよ」


「ようやく気づきました?」


「どういう意味ですの?」


「いえ、何でも」


 その時だった。


「……ねえ」


 近くを歩いていた女性の声が聞こえた。


「何?」


 隣を歩く友人らしい女性が答える。


「あそこ……何か黒くない?」


「え?」


 雲母の足が止まった。


「……」


「雲母お嬢様?」


「少し、お待ちになって」


「はい?」


 雲母は二人の女性を見る。


 一人が、道路脇を指差していた。


 そこは。


 先ほど雲母が見ていた場所だった。


「ほら、あそこ」


「どこ?」


「道路の横。なんか黒いの」


「……え?」


 二人目の女性が目を凝らす。


「あ……」


「見えるでしょ?」


「何あれ?」


「分かんない」


「煙?」


「でも、動いてなくない?」


「……」


 雲母は黙って二人を見ていた。


「雲母お嬢様?」


「今のお話、聞こえましたの?」


「ええ」


「黒いものが見えるって……」


「ええ」


 雲母は道路脇へ視線を戻す。


 そこには、先ほどと同じ死者の意識がいる。


「同じ場所ですわ」


「……じゃあ」


「おそらく、あの方々にも黒いモヤが見えているのでしょうね」


 足立も道路脇を見る。


「……僕には何も見えませんけど」


「そうですのね」


「はい」


 雲母は、もう一度二人の女性を見る。


 二人はまだ、不思議そうに黒いモヤについて話していた。


「以前の病院と同じですか?」


「おそらくは」


「死者本人が見えてるわけじゃない?」


「それは分かりませんわ。ですが、今のお話を聞く限りでは、黒いものとして見えているようですわね」


「……」


 足立が少し考える。


「また二人、ですか」


「……」


 雲母は答えなかった。


     *


 だが。


 それだけではなかった。


 しばらく歩いた先。


 横断歩道の近くで、一人の男性が立ち止まっていた。


「……なんだ、あれ」


 男性は道路の向こうを見ている。


 その視線の先を、雲母も見る。


「……」


 死者の意識。


 道路の中央付近。


 身体を不自然に曲げた人物が、同じ状態を繰り返している。


「雲母お嬢様」


「ええ」


「またですよね?」


「そうですわね」


 男性だけではない。


 その隣にいた者も、同じ方向を見ている。


「黒い煙みたいなの、見えません?」


「見える」


「何だろうな」


 さらに。


 少し離れた場所にいた女性まで足を止めた。


「……」


 雲母は、その様子をじっと見ていた。


 一人ではない。


 二人。


 三人。


 互いに知り合いでもない人間が。


 同じ場所を見ている。


「……足立さん」


「はい?」


「これは」


 雲母は少し考える。


「以前とは、明らかに違いますわね」


「見える人が増えてる?」


「ええ」


「病院の時は、たまたまその人だけって可能性もありましたけど」


「そうですわね」


「でも、今は……」


 足立が周囲を見る。


 黒いモヤは見えない。


 だが。


 それを見ている人々なら、足立にも見える。


「三人とも、同じところ見てますね」


「ええ」


 雲母は静かに頷いた。


「少なくとも、見えているのはわたくしだけではありませんわ」


     *


 その後も。


 同じようなことが何度かあった。


「あそこ、黒くない?」


「何かいる?」


「煙じゃないの?」


「最近、こういうものを見かけない?」


 そんな声を耳にすることが増えていった。


 誰もが見えるわけではない。


 足立のように、何も見えない者もいる。


 だが。


 以前とは違う。


 黒いモヤを見る人間は、明らかに増えていた。


「……」


「雲母お嬢様?」


「何ですの?」


「何を考えてるんですか?」


「いえ」


 雲母は少し前を歩く人々を見る。


「以前、病院で黒いモヤが見えるという方にお会いした時は」


「はい」


「珍しいことだと思っていましたわ」


「そうでしたね」


「ですが」


 雲母は周囲を見る。


「もう、そうとも言えませんわね」


「……ですね」


 足立も人々を見る。


 彼自身には、相変わらず何も見えていない。


「僕はまだ見えませんけど」


「ええ」


「なんか……」


 足立は少し困ったように笑った。


「そのうち、見えない僕の方が珍しくなりそうですね」


「……」


 雲母は一瞬、足立を見る。


「何ですか?」


「いえ」


「?」


「そうならない方がよろしいですわね」


「怖いこと言わないでくださいよ」


「足立さんが仰ったのでしょう?」


「そうですけど……」


 二人は歩き続ける。


 少し離れた場所で。


 また一人。


 通行人が足を止めた。


 何もないように見える場所を指差している。


「あれ……」


 その声に。


 別の誰かも振り返った。


「何?」


「あそこ。黒いの」


「ああ……」


 返ってきたのは。


 驚きの声ではなかった。


「最近、よく見るよね」


「……」


 雲母の足が止まった。


 足立も、その言葉を聞いていた。


「……雲母お嬢様」


「ええ」


 雲母は、そこにいる死者の意識を見る。


 そして。


 その周囲を歩く人々を見る。


「どうやら」


 雲母は静かに呟いた。


「わたくしたちだけの話ではなくなってきたようですわね」

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