第十七話 出られない公園
出られない場所
「出られなくなるんです」
今回の相談者は、そう話した。
「出られない?」
「はい。夜にあそこへ入ると、何度歩いても同じ場所に戻ってくるんです」
相談者が示したのは、ごく普通の公園だった。
住宅地の中にある、それほど大きくもない公園。
遊具がいくつかあり、周囲を低い柵が囲っている。
入口も複数ある。
特別変わったところがあるようには見えない。
「最初は道を間違えたのかと思ったんです。でも、出口から出たはずなのに……気づいたら、また公園の中にいて」
「何度試しても?」
「はい」
「ほかの出口からは?」
「同じでした」
「それで、どうやって外へ出られましたの?」
「何度も試しているうちに、突然出られたんです」
「突然?」
「はい。理由は分かりません。さっきまで何度やっても戻っていたのに、急に普通の道路へ出られて……」
雲母は公園を見る。
「昼間は?」
「普通です。夜だけなんです」
「なるほど」
雲母は頷いた。
「では、夜に確認いたしましょう」
「……やっぱりそうなりますよね」
隣で足立がため息をついた。
その日の夜。
雲母と足立は、問題の公園へやって来た。
「普通の公園ですよね」
「そう見えますわね」
街灯に照らされた遊具。
誰もいないベンチ。
風に揺れる木々。
どこにでもありそうな光景だった。
雲母にも、今のところ何も見えない。
「……本当に入るんですか?」
「入らなければ調査になりませんでしょう?」
「ですよね……」
二人は公園へ入った。
しばらく中を歩く。
特に何も起こらない。
「何か見えます?」
「いいえ」
「じゃあ、今日は何も――」
「一度、外へ出てみましょうか」
「はい」
二人は入口へ向かう。
柵の向こうには道路があり、その先には住宅が並んでいる。
雲母が公園の外へ一歩踏み出した。
足立もその後に続く。
ところが、次の瞬間。
二人は再び、公園の中に立っていた。
「…………」
二人は足を止める。
「……雲母お嬢様」
「はい」
「今、出ましたよね?」
「ええ」
「なんでまだ公園の中にいるんです?」
「まあ!」
雲母が周囲を見回す。
「本当に出られませんわね!」
「ちょっと楽しそうに言わないでください!」
「だって、本当に戻りましたわよ?」
「だから怖いんでしょう!」
「もう一度試してみましょう」
「試すんですか!?」
別の出口へ向かう。
今度は足立が先に外へ出た。
しかし――
「…………」
また公園の中に戻っていた。
「戻ってますよね」
「戻っていますわね」
「……どうします?」
「もう一度」
「まだやるんですか?」
三度目。
結果は同じ。
出口を通ったはずなのに、公園の中へ戻ってくる。
「では」
雲母が柵を見る。
「こちらを越えてみましょう」
「え?」
「出口が駄目なら、出口以外から出ればよろしいでしょう?」
「まあ……そうですけど」
二人は低い柵を越える。
道路へ降りた。
――と思った瞬間。
二人は再び、公園の中に立っていた。
「…………」
「…………」
足立が雲母を見る。
「これ、まずくないですか?」
「そうですわね」
「出られないんですよ?」
「ええ」
「どうするんです?」
「調べますわ」
「帰れないのに!?」
「だから調べるのでしょう?」
雲母は公園の中を歩き始めた。
足立も渋々ついていく。
遊具。
ベンチ。
植え込み。
公衆トイレ。
どこを見ても普通だった。
少なくとも、足立には。
「あら?」
雲母が足を止める。
「何かありました?」
「……これは」
雲母が地面を見る。
足立も同じ場所を見るが、何もない。
「何です?」
「何かが通ったような跡がありますわね」
「足跡?」
「いいえ」
雲母は首を傾げる。
「足跡ではありませんわ」
「じゃあ、何です?」
「分かりませんわ」
「……見えてるのに?」
「見えていることと、分かることは別ですもの」
雲母にだけ見えている。
地面の上から、何もない空間へと続く奇妙な痕跡。
色がついているわけではない。
何かが壊れているわけでもない。
ただ、そこだけが周囲とは違って見える。
「向こうへ続いていますわね」
雲母はその痕跡を追い始めた。
「行くんですか?」
「もちろんですわ」
「出られない場所で、さらに変なのを追いかけるんですか?」
「原因かもしれませんでしょう?」
「原因じゃなかったら?」
「その時はその時ですわ」
「嫌な言葉だなあ……」
痕跡は、公園の端へと続いていた。
植え込みの奥。
街灯の光もほとんど届かない場所。
雲母が枝を避けながら進んでいく。
そして――
足を止めた。
「……あら」
「何かいました?」
「ええ」
足立が身構える。
「何がいるんです?」
「…………」
雲母は答えなかった。
ただ、その先を見つめている。
「雲母お嬢様?」
「…………」
「何なんです?」
しばらくして。
雲母が、心底分からないという顔で首を傾げた。
「……なんですの、これ?」
「僕に聞かないでくださいよ!」
そこには、何かがいた。
雲母には見える。
確かに、何かが存在している。
しかし、それが何なのかを説明できない。
人間ではない。
死者の意識とも違う。
形を捉えようとしても、どうにも上手く認識できない。
ただ、そこにいる。
それだけは分かった。
「あなた」
雲母が声を掛ける。
「わたくしの声が聞こえますの?」
反応はない。
「ここから出られないのは、あなたが何かしていますの?」
何も答えない。
「何のために、こんなことを?」
反応はない。
「……そもそも、わたくしの言葉が分かりますの?」
「…………」
怪異は何も答えなかった。
「……駄目ですわね」
「どうです?」
「何も分かりませんわ」
「じゃあ、どうするんです?」
「少し様子を見てみましょう」
二人は距離を取り、その存在を観察した。
しばらくすると。
「あら」
「今度は何です?」
「動きましたわ」
「どっちに!?」
「あちらです」
雲母にしか見えない何かが、ゆっくりと場所を移していく。
雲母はその後を追った。
「追うんですか!?」
「当然でしょう?」
「なんで!?」
怪異は公園の端へ向かっていく。
そして、そのまま柵の向こうへ消えた。
「……いなくなりましたわね」
「出ていったんですか?」
「そのように見えましたわ」
「じゃあ……」
足立がおそるおそる公園の出口へ向かう。
一歩、外へ出る。
「…………」
今度は、道路だった。
振り返ると、ちゃんと公園が背後にある。
「出られました!」
「出られましたわね」
「じゃあ、やっぱり今のやつが原因だったんじゃ?」
「おそらくは」
雲母は怪異が消えた方向を見る。
「原因は、おそらくあれですけれど……」
少し考える。
「これで解決したとは言えませんわね」
「えっ」
「あれが勝手に立ち去っただけですもの。また戻ってくるかもしれませんわ」
「でも、原因は見つけたんですよね?」
「原因らしきものを見つけただけですもの」
雲母は当然のように答える。
「わたくし、怪異を消したりできませんわよ?」
「……そうでしたね」
「ええ」
「じゃあ、どうするんです?」
「そうですわね……」
雲母は少し考えた。
そして――
「まあ、わたくしたちは近づかなければいいですわ!」
「僕たちはそれでいいですけど!」
「あら?」
「相談してきた人は!?」
「…………」
雲母が足を止める。
「……確かに」
「忘れてたんですか!?」
「では、夜には近づかないようお伝えしましょう」
「解決してない!」
「仕方ありませんでしょう? 分からないものは分かりませんし、できないものはできませんわ」
雲母はもう一度、公園を見る。
今は何の異常もないように見える。
だが、あの存在が再び戻ってくるのか。
なぜ、あそこにいたのか。
どうして公園から出られなくなったのか。
何一つ分からない。
「ひとまず、夜にはこの公園へ近づかない」
雲母はそう結論づけた。
「それが一番ですわね」
「……調査って、こんな終わり方でいいんですか?」
「原因らしきものまで見つけたのですから、十分ではなくて?」
「そういうものですかねえ……」
「そういうものですわ」




