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残響  作者: れすた
17/40

第十七話 出られない公園

 出られない場所


「出られなくなるんです」


 今回の相談者は、そう話した。


「出られない?」


「はい。夜にあそこへ入ると、何度歩いても同じ場所に戻ってくるんです」


 相談者が示したのは、ごく普通の公園だった。


 住宅地の中にある、それほど大きくもない公園。


 遊具がいくつかあり、周囲を低い柵が囲っている。


 入口も複数ある。


 特別変わったところがあるようには見えない。


「最初は道を間違えたのかと思ったんです。でも、出口から出たはずなのに……気づいたら、また公園の中にいて」


「何度試しても?」


「はい」


「ほかの出口からは?」


「同じでした」


「それで、どうやって外へ出られましたの?」


「何度も試しているうちに、突然出られたんです」


「突然?」


「はい。理由は分かりません。さっきまで何度やっても戻っていたのに、急に普通の道路へ出られて……」


 雲母は公園を見る。


「昼間は?」


「普通です。夜だけなんです」


「なるほど」


 雲母は頷いた。


「では、夜に確認いたしましょう」


「……やっぱりそうなりますよね」


 隣で足立がため息をついた。


 その日の夜。


 雲母と足立は、問題の公園へやって来た。


「普通の公園ですよね」


「そう見えますわね」


 街灯に照らされた遊具。


 誰もいないベンチ。


 風に揺れる木々。


 どこにでもありそうな光景だった。


 雲母にも、今のところ何も見えない。


「……本当に入るんですか?」


「入らなければ調査になりませんでしょう?」


「ですよね……」


 二人は公園へ入った。


 しばらく中を歩く。


 特に何も起こらない。


「何か見えます?」


「いいえ」


「じゃあ、今日は何も――」


「一度、外へ出てみましょうか」


「はい」


 二人は入口へ向かう。


 柵の向こうには道路があり、その先には住宅が並んでいる。


 雲母が公園の外へ一歩踏み出した。


 足立もその後に続く。


 ところが、次の瞬間。


 二人は再び、公園の中に立っていた。


「…………」


 二人は足を止める。


「……雲母お嬢様」


「はい」


「今、出ましたよね?」


「ええ」


「なんでまだ公園の中にいるんです?」


「まあ!」


 雲母が周囲を見回す。


「本当に出られませんわね!」


「ちょっと楽しそうに言わないでください!」


「だって、本当に戻りましたわよ?」


「だから怖いんでしょう!」


「もう一度試してみましょう」


「試すんですか!?」


 別の出口へ向かう。


 今度は足立が先に外へ出た。


 しかし――


「…………」


 また公園の中に戻っていた。


「戻ってますよね」


「戻っていますわね」


「……どうします?」


「もう一度」


「まだやるんですか?」


 三度目。


 結果は同じ。


 出口を通ったはずなのに、公園の中へ戻ってくる。


「では」


 雲母が柵を見る。


「こちらを越えてみましょう」


「え?」


「出口が駄目なら、出口以外から出ればよろしいでしょう?」


「まあ……そうですけど」


 二人は低い柵を越える。


 道路へ降りた。


 ――と思った瞬間。


 二人は再び、公園の中に立っていた。


「…………」


「…………」


 足立が雲母を見る。


「これ、まずくないですか?」


「そうですわね」


「出られないんですよ?」


「ええ」


「どうするんです?」


「調べますわ」


「帰れないのに!?」


「だから調べるのでしょう?」


 雲母は公園の中を歩き始めた。


 足立も渋々ついていく。


 遊具。


 ベンチ。


 植え込み。


 公衆トイレ。


 どこを見ても普通だった。


 少なくとも、足立には。


「あら?」


 雲母が足を止める。


「何かありました?」


「……これは」


 雲母が地面を見る。


 足立も同じ場所を見るが、何もない。


「何です?」


「何かが通ったような跡がありますわね」


「足跡?」


「いいえ」


 雲母は首を傾げる。


「足跡ではありませんわ」


「じゃあ、何です?」


「分かりませんわ」


「……見えてるのに?」


「見えていることと、分かることは別ですもの」


 雲母にだけ見えている。


 地面の上から、何もない空間へと続く奇妙な痕跡。


 色がついているわけではない。


 何かが壊れているわけでもない。


 ただ、そこだけが周囲とは違って見える。


「向こうへ続いていますわね」


 雲母はその痕跡を追い始めた。


「行くんですか?」


「もちろんですわ」


「出られない場所で、さらに変なのを追いかけるんですか?」


「原因かもしれませんでしょう?」


「原因じゃなかったら?」


「その時はその時ですわ」


「嫌な言葉だなあ……」


 痕跡は、公園の端へと続いていた。


 植え込みの奥。


 街灯の光もほとんど届かない場所。


 雲母が枝を避けながら進んでいく。


 そして――


 足を止めた。


「……あら」


「何かいました?」


「ええ」


 足立が身構える。


「何がいるんです?」


「…………」


 雲母は答えなかった。


 ただ、その先を見つめている。


「雲母お嬢様?」


「…………」


「何なんです?」


 しばらくして。


 雲母が、心底分からないという顔で首を傾げた。


「……なんですの、これ?」


「僕に聞かないでくださいよ!」


 そこには、何かがいた。


 雲母には見える。


 確かに、何かが存在している。


 しかし、それが何なのかを説明できない。


 人間ではない。


 死者の意識とも違う。


 形を捉えようとしても、どうにも上手く認識できない。


 ただ、そこにいる。


 それだけは分かった。


「あなた」


 雲母が声を掛ける。


「わたくしの声が聞こえますの?」


 反応はない。


「ここから出られないのは、あなたが何かしていますの?」


 何も答えない。


「何のために、こんなことを?」


 反応はない。


「……そもそも、わたくしの言葉が分かりますの?」


「…………」


 怪異は何も答えなかった。


「……駄目ですわね」


「どうです?」


「何も分かりませんわ」


「じゃあ、どうするんです?」


「少し様子を見てみましょう」


 二人は距離を取り、その存在を観察した。


 しばらくすると。


「あら」


「今度は何です?」


「動きましたわ」


「どっちに!?」


「あちらです」


 雲母にしか見えない何かが、ゆっくりと場所を移していく。


 雲母はその後を追った。


「追うんですか!?」


「当然でしょう?」


「なんで!?」


 怪異は公園の端へ向かっていく。


 そして、そのまま柵の向こうへ消えた。


「……いなくなりましたわね」


「出ていったんですか?」


「そのように見えましたわ」


「じゃあ……」


 足立がおそるおそる公園の出口へ向かう。


 一歩、外へ出る。


「…………」


 今度は、道路だった。


 振り返ると、ちゃんと公園が背後にある。


「出られました!」


「出られましたわね」


「じゃあ、やっぱり今のやつが原因だったんじゃ?」


「おそらくは」


 雲母は怪異が消えた方向を見る。


「原因は、おそらくあれですけれど……」


 少し考える。


「これで解決したとは言えませんわね」


「えっ」


「あれが勝手に立ち去っただけですもの。また戻ってくるかもしれませんわ」


「でも、原因は見つけたんですよね?」


「原因らしきものを見つけただけですもの」


 雲母は当然のように答える。


「わたくし、怪異を消したりできませんわよ?」


「……そうでしたね」


「ええ」


「じゃあ、どうするんです?」


「そうですわね……」


 雲母は少し考えた。


 そして――


「まあ、わたくしたちは近づかなければいいですわ!」


「僕たちはそれでいいですけど!」


「あら?」


「相談してきた人は!?」


「…………」


 雲母が足を止める。


「……確かに」


「忘れてたんですか!?」


「では、夜には近づかないようお伝えしましょう」


「解決してない!」


「仕方ありませんでしょう? 分からないものは分かりませんし、できないものはできませんわ」


 雲母はもう一度、公園を見る。


 今は何の異常もないように見える。


 だが、あの存在が再び戻ってくるのか。


 なぜ、あそこにいたのか。


 どうして公園から出られなくなったのか。


 何一つ分からない。


「ひとまず、夜にはこの公園へ近づかない」


 雲母はそう結論づけた。


「それが一番ですわね」


「……調査って、こんな終わり方でいいんですか?」


「原因らしきものまで見つけたのですから、十分ではなくて?」


「そういうものですかねえ……」


「そういうものですわ」

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