第十六話 違和感②
再び現れた男との問答を終え、雲母はしばらく考え込んでいた。
「……病院で見た方は、眠っているようでしたしね……」
「病院?」
「ええ。以前、調査した病院ですわ」
ベッドの上に横たわり、まるで眠っているように見えた老人。
あの時は声を掛けても、反応らしい反応はなかった。
「では……」
雲母が顔を上げる。
「以前、車に轢かれていた方はどうでしょう」
「車に轢かれていた方?」
「覚えていらっしゃるでしょう?」
「ああ……あの」
周囲へ手を伸ばし、誰かに助けを求めているように見えた死者。
あの人物ならば。
少なくとも、周囲へ意識を向けているようには見えた。
「確認しに行きますわよ!」
「今からですか?」
「もちろんですわ」
「いや、もう今日の調査は終わったんじゃ……」
「状況が変わりましたもの」
雲母はさっさと歩き始める。
「ちょ、雲母お嬢様!」
足立が慌ててその後を追う。
「まだいるかどうかも分からないでしょう!」
「ですから、確かめに行くのですわ!」
「ですよねえ!」
「うふふふ」
「……雲母お嬢様?」
「では、現場へゴー! ですわ!」
「なんでちょっと楽しそうなんですか……」
足立を連れ、雲母は以前、死者の意識を見かけた場所へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
しばらくして、二人は以前の場所へ到着した。
「あら」
雲母が足を止める。
「いました?」
「ええ」
以前と同じ場所。
以前と同じように、その人物はいた。
事故に遭ったと思われる凄惨な姿で、周囲へ手を伸ばしている。
そして――
「……たすけ……」
雲母の表情が変わった。
「……やはり」
「聞こえるんですか?」
「ええ」
雲母は死者へ近づく。
「声が聞こえるようになっていますわ……」
以前は、何かを訴えているように見えるだけだった。
今は違う。
何を言っているのか、はっきりと聞き取れる。
「わたくしの声が聞こえますの?」
「……助けて……」
「わたくしの姿が見えますの?」
死者の視線が雲母へ向く。
「……見える……」
「まあ」
雲母はさらにいくつか質問を続けた。
名前。
何が起きたのか。
今、何を感じているのか。
答えられることもあれば、答えられないこともある。
やがて、その姿が消えた。
雲母は黙って待つ。
そして、しばらくすると。
再び、同じ場所に現れた。
「……たすけ……」
雲母がすぐに問いかける。
「わたくしのことを覚えていらっしゃいますの?」
「……?」
死者は雲母を見る。
その表情には、明らかな戸惑いがあった。
「先ほど、お話ししましたでしょう?」
「……誰……?」
「…………」
雲母は少し考える。
もう一度、いくつか質問をする。
そして消える。
再び現れる。
「わたくしをご存じですの?」
「……誰……?」
また同じだった。
「……なるほど」
「どうです?」
足立が尋ねる。
雲母は死者を見ながら答えた。
「先ほどの方と同じですわね」
「同じ?」
「ええ。お話はできます。こちらの問いかけにも反応しますわ」
雲母は少し眉を寄せる。
「ですが、一度消えて、再び現れると……」
また死者が消える。
「わたくしと話したことを覚えていませんの」
「……さっきの人もそうでしたよね」
「ええ」
そして再び。
「……たすけ……」
同じ声が聞こえた。
雲母はじっと、その姿を見つめる。
「声が聞こえるようになったことも」
少し間を置く。
「会話の記憶が残らないことも」
雲母は首を傾げた。
「……先ほどの方と同じですわね」
◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあ、ほかの死者の声も聞こえるようになってるんでしょうか?」
足立の言葉に、雲母は少し考える。
「どうでしょうね……」
「前に病院にもいたんですよね?」
「ええ。ただ――」
雲母は以前見た光景を思い返す。
病室のベッドに横たわっていた老人。
まるで眠っているかのように、静かに目を閉じていた。
「あの方は、眠っているようでしたから」
「じゃあ……」
「話しかけても、恐らく返事はありませんわね」
「なるほど」
「今回のお二人は、どちらも周囲へ意識を向けていましたもの」
雲母は、再び現れた死者を見る。
「ですから、今のところ分かったのは――」
少し考える。
「以前は聞こえなかった死者の声が、聞こえるようになった」
「はい」
「そして、少なくともお二人は、こちらの声にも反応する」
「はい」
「一度消えて再び現れると、わたくしとの会話を覚えていない」
「……はい」
雲母は首を傾げた。
「それだけですわね」
「結構分かった気がしますけど」
「肝心なことが何も分かっておりませんもの」
「肝心なこと?」
「なぜ、突然こうなったのかですわ」
「……ああ」
雲母は死者を見つめる。
「今までは、何を訴えていても、その声までは聞こえなかったのですから」




