第十五話 違和感①
調査を終え、雲母と足立は街中を歩いていた。
その途中。
「……あら?」
雲母が足を止めた。
「どうしました?」
足立も立ち止まり、雲母の視線の先を見る。
そこには何もない。
「また、街中に……」
「また?」
「ええ」
雲母は少し眉を寄せる。
「珍しいはずですのに……」
以前にも、こうして何の調査でもない場所で死者の意識を見かけたことがある。
これまで死者の意識を見たのは、ほとんどが調査先だった。
それが、また。
「……いるんですか?」
「ええ」
雲母はゆっくりと近づいていく。
足立には何も見えない。
だが雲母には、一人の男の姿が見えていた。
地面に倒れている。
その服は、血に濡れていた。
雲母はしばらく、その姿を観察する。
「あら……」
「何です?」
「この方は、刺殺されたんですのね……」
足立の表情が強張った。
「……どんな状態なんです?」
「見ない方がよろしいと思いますわ」
「見えませんけどね、僕には」
「でしたら幸いですわね」
雲母は倒れている死者へ視線を戻した。
その口が、わずかに動いている。
いつものことだった。
何かを話しているように見える死者は、これまでにもいた。
けれど、その声が聞こえたことはない。
だから雲母も、ただその動きを見つめていた。
「…………寒い」
雲母の表情が止まった。
「……寒い」
雲母は、はっと顔を上げた。
「あら?」
「どうしました?」
雲母は足立を見る。
「今、何か仰いました?」
「いいえ?」
「……そうですわよね」
もう一度、倒れている男を見る。
その口が動いた。
「……さむい……」
「……!?」
今度は間違いない。
声は、男から聞こえている。
雲母はしばらく男を見つめた。
「……わたくしの声が聞こえますの?」
男の目が動いた。
ゆっくりと、雲母を見る。
「……誰だ……?」
「雲峰雲母と申しますわ」
「……助け……」
「あなたは、ご自分がどうなったかお分かりですの?」
男は答えない。
苦しそうに息をしながら、自分の腹部へ手を当てる。
「……刺された……」
「誰に?」
「…………」
男は何かを思い出そうとするように顔を歪めた。
その直後。
男の姿が消えた。
「……?」
「雲母お嬢様?」
足立には、最初から何も見えていない。
「消えましたわ」
「……死者の意識が?」
「ええ」
雲母は男がいた場所を見つめる。
だが――
しばらくすると、再び男が現れた。
先ほどと同じ場所。
同じように倒れている。
同じように腹部を押さえている。
「……寒い……」
雲母は眉を寄せた。
「……あなた」
男の目が動く。
雲母を見る。
「……誰だ……?」
「…………」
雲母は黙った。
「雲母お嬢様?」
足立が不安そうに声をかける。
雲母は答えず、男を見つめ続ける。
「先ほど、わたくしとお話ししましたでしょう?」
「……?」
男は、本当に分からないという顔をしていた。
「……誰だ……?」
同じだった。
声も。
表情も。
雲母を見る目も。
まるで、先ほどの会話など最初から存在しなかったかのように。
「……覚えていませんの?」
返事はない。
男はただ腹部を押さえた。
「……寒い……」
雲母は、その姿を静かに見つめていた。
◇ ◇ ◇ ◇
その後、雲母は何度か男との問答を繰り返した。
名前。
年齢。
何があったのか。
誰に刺されたのか。
ここがどこなのか。
男が答えられることもあった。
分からないこともあった。
しかし、しばらくすると男の姿は消える。
そして再び現れる。
「……寒い……」
また、そこからだった。
「わたくしをご存じですの?」
「……誰だ……?」
「先ほどお話ししましたでしょう?」
「…………?」
覚えていない。
何度繰り返しても同じだった。
雲母が質問を変えれば、多少違う答えを得ることはできる。
名前を尋ねれば答える。
刺されたことも覚えている。
しかし、雲母と話したことだけは、次に現れた時には残っていない。
何度目かの男が消えたところで、雲母は小さく息を吐いた。
「……お名前などは聞けましたが」
「はい」
足立には男の姿も声も分からない。
そのため、雲母から聞いた内容を手元に書き留めていた。
雲母は男が消えた場所を見つめる。
「これでは……」
少し考えてから、首を傾げた。
「結局、肝心なことは何も分かりませんわね……」
「死者の声が聞こえたことは分かったじゃないですか」
「ええ。そこだけですわ」
そして再び。
男が現れる。
「……寒い……」
雲母はその姿を見つめた。
先ほどまで話していた男なのか。
それとも、同じ男に見えるだけの別の意識なのか。
「…………」
今の雲母には、それすら分からなかった。




