第十一話 入ると呪われる家②
「では、改めてお聞きしますけれど」
雲母が尋ねる。
「あなたは、なぜここにいるんですの?」
「だから、ここは俺の家だ!」
男は苛立ったように声を荒らげた。
「勝手に入ってくるな!」
「それを証明してくださらない?」
「……え?」
男の勢いが止まる。
「証明?」
「ええ。ここがあなたの家だというのでしたら、そのことを確認したいですわ」
「そんなの……」
男は周囲を見回した。
「……ここに写真があるだろう!」
壁に掛けられた写真を指差す。
「だからここは俺の家だ!」
「なるほど」
雲母は写真へ近づいた。
そこには、一人の男と、その隣に一人の女性が写っている。
写真の男は、目の前にいる男とよく似ていた。
「では、あなたのお名前は?」
「名前は……」
男が答えようとする。
「なま……えは……」
「?」
雲母が首を傾げる。
「それと、いつ頃からここにいらっしゃいますの?」
「……」
「あなたは、この家で亡くなった方ですの?」
男の表情が固まった。
「もしそうなら、いつ、どのように亡くなったのです?」
「……」
答えは返ってこない。
「名前は?」
「……」
「亡くなった時期は?」
「……」
男は苦しそうに顔を歪める。
「いや……でも……」
そして、もう一度写真を指差した。
「ここに写真があるだろう!」
「ええ」
「だから、ここは俺の家なんだ!」
「そうですわね」
雲母は写真を見る。
「では」
写真の中の女性を指差した。
「隣に写っている女性の方は、どなたですの?」
「……」
「奥様?」
「え……」
「ご家族ですの?」
「そ、それは……」
男の口が止まる。
「……」
雲母は男をじっと見た。
「おかしいですわね」
「……」
「ここが本当にあなたの家なら、あなた自身のことをもう少し説明できてもよさそうですけれど」
男は黙り込む。
雲母はさらに一歩近づいた。
「ここ、本当にあなたの家なんですの?」
「……」
「というか」
雲母は少しだけ目を細める。
「あなたは、何なんですの?」
男は答えなかった。
足立には、相変わらず何も見えず、男の声も聞こえていない。
ただ、雲母が誰もいない場所へ向かって質問を続けているようにしか見えなかった。
「……雲母お嬢様?」
「何ですの?」
「何か分かりました……?」
「それを今、聞いていますの」
「ですよね……」
雲母は目の前の男から視線を逸らさない。
男もまた、何かを思い出そうとするように黙り込んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
「そんなことはどうだっていい!」
男が突然、声を荒らげた。
「出ていけ! 呪い殺すぞ!」
雲母は一瞬、黙った。
「……」
そして、少し考えるように男を見る。
「……ええ」
「?」
「あなた、本当に呪い殺せるみたいですわね」
「……は?」
「この家に入った方の中には、何人か亡くなっているようですもの」
「えっ!?」
足立が素っ頓狂な声を上げた。
「何件か不審死があるんですか!?」
「ええ」
「なんで黙ってたんですか!?」
「……」
「なんで教えてくれなかったんですか!?」
「だって」
雲母は平然と答える。
「伝えたら、足立さんは来なかったでしょう?」
「当たり前でしょう!?」
「ですから黙っていましたの」
「いやいやいや!」
足立が慌てて周囲を見回す。
「ていうか、その流れってことは……」
声が小さくなる。
「そこにいる……やつが、呪い殺すとか言ってるってことですよね!?」
「そうですわね」
「なんでそんな大事なことを今まで黙って――」
「うるさいですわ」
「はい……」
男が苛立ったように叫ぶ。
「分かってるなら話は早い!」
「……」
「呪い殺されたくなければ、さっさと出ていけ!」
雲母は男を見つめる。
「ええ」
「……?」
「でも、あなた」
雲母は少し首を傾げた。
「呪い殺すのに、ずいぶん時間がかかるみたいですわね?」
「……」
「調べた限り、この家に入ってから亡くなるまで、だいたい一週間ほどかかっていますわ」
男の表情が変わる。
「……だ、だったらなんだ!?」
「いえ」
雲母は淡々と続ける。
「そもそも『呪い殺す』というのが、わたくしにはよく分かりませんので」
「……」
「わたくしは、呪われても別に構いませんわ」
「なっ……」
「ただ、あなた」
雲母は少しだけ身を乗り出した。
「時間がかかることを否定なさいませんのね?」
「……」
「普通でしたら、ここで『今すぐ呪い殺してやる!』くらい仰るものではありませんこと?」
「うるさい!」
「それでは脅しになりませんわよ?」
「……!」
男は言葉を失った。
「それに」
雲母は指を一本立てる。
「もし、わたくしに一週間も張り付くつもりでしたら、その間ずっと、この質問攻めにも耐えていただく必要がありますわよね?」
「……」
「あなた、わたくしの質問にほとんど答えられていませんもの」
「……」
「それから、もう一つ」
雲母は家の中を見回した。
「あなたは、この家に人が入ってくるのが嫌なのでしょう?」
「当たり前だ!」
「でしたら、そんなに毎回、家を空けていて大丈夫なんですの?」
「……」
「もし、呪い殺すために外へ出ていくのでしたら、その間にまた誰かが入ってきますわよ?」
「…………」
男は完全に黙り込んだ。
足立は状況についていけず、雲母へ尋ねる。
「……雲母お嬢様?」
「何ですの?」
「今、どういう状況なんですか?」
雲母は少し考えた。
「今ですか?」
「はい」
「今は――」
雲母は目の前の男を見る。
「右の手のひらを横向きにして、目元を覆っていますわ」
「……」
「左手は腰に置いて、下を向いていますわね」
「…………」
「何をしているんでしょう?」
「雲母お嬢様、それ僕に聞かれても分かりませんよ……」
「そうですわね」
雲母は首を傾げた。
男は、まだ顔を覆ったまま黙り込んでいた。




