第十話 入ると呪われる家①
「……本当に行くんですか?」
足立は、不安そうに目の前の家を見上げた。
「ええ。行きますわよ」
雲母は迷いなく答えた。
「入ると呪われる家だなんて、とても気になるではありませんこと?」
「いや、それなら雲母お嬢様お一人で……」
「何ですって?」
「いえ」
足立は視線を逸らした。
「僕は外で待っています」
「それは困りますわね」
「なぜです?」
「あなた、わたくしに何かあったらどうするんですの?」
「え……」
足立が固まる。
「いや……何かあるんですか?」
「分かりませんけれども!」
「分からないんですか!」
「だから確認するのでしょう?」
雲母はさっさと玄関へ向かった。
「とりあえず行きますわよ!」
「……はい……」
足立は渋々その後を追った。
玄関の前まで来たところで、雲母が立ち止まる。
「では」
「はい?」
「あなたが先に入ってくださいませ」
「ええ!?」
「何ですの?」
「いや、なんで僕が!?」
「殿方でしょう?」
「またそれですか!」
結局、足立が先に玄関を開けた。
「……お邪魔します」
返事はない。
足立は恐る恐る中を覗き込む。
「……何もないですよ」
「では、入りましょう」
二人は家の中へ入った。
室内は荒れていた。
家具は古く、長い間、人が住んでいないように見える。
しかし依頼人の話では、この家に入った者は皆、何らかの異常を経験しているという。
雲母は一部屋ずつ確認していった。
「特に……何もありませんわね」
「そうですね」
足立が先を歩く。
その後ろを雲母が続く。
そして――
雲母がふと足を止めた。
「……」
「どうしました?」
「足立さん」
「はい?」
「動かないでくださいませ」
「え?」
足立が振り返ろうとする。
「そのままで」
「……はい」
雲母は、足立の背後をじっと見つめた。
そこに――
男が立っていた。
足立のすぐ後ろ。
いつからそこにいたのか分からない。
人間の姿をしている。
だが、死者の意識とは違う。
雲母には、その違いがなんとなく分かった。
「あら」
「……何です?」
「本当にいましたのね」
「え?」
男が口を開いた。
「……お前」
男は雲母を見た。
「俺が見えてるのか?」
足立は何の反応も示さない。
どうやら、男の声も聞こえていないようだった。
「ええ」
「……」
男の顔が引きつった。
「……帰れ!」
「何ですの?」
「ここから出ていけ!」
足立が青ざめる。
「ちょ、ちょっと待ってください、雲峰さん! 何がいるんですか!?」
「うるさいですわ!」
「ええ!?」
雲母は男から目を離さなかった。
「あなたは、誰ですの?」
「俺は……」
男が雲母を睨む。
「ここは俺の家だ!」
「まあ」
雲母が少し目を見開いた。
「そうでしたの?」
「だから帰れ!」
「なんでですの?」
「なんでって……!」
男が苛立ったように声を荒らげる。
「ここは俺の家なんだ! 勝手に入ってくるな!」
雲母は少し考えた。
そして――
「ちょうどよかったですわ」
「……は?」
「この家について、いろいろとお聞きしたいことがありますの」
「お前……」
「お話をしましょう!」
「いや、帰れって言ってんだろ!」
「まあまあ」
雲母はまったく動じない。
「まず、あなたはいつからこちらにいらっしゃいますの?」
「……」
男は絶句した。
足立だけが、何も見えず、何も聞こえないまま取り残されている。
「……雲母お嬢様?」
「何ですの?」
「本当に何がいるんですか……?」
「こちらの方ですわ」
「だから誰ですか!?」
「今からお話を伺いますの」
「話が見えないんですけど!」
雲母はそんな足立を気にすることなく、男へ向き直った。
「それで?」
「……」
「あなたは、この家で何をしていらっしゃいますの?」
男はしばらく黙っていた。
「……お前、本当に俺が見えてるんだな」
「ええ」
「……変な女だな」
「よく言われますわ」
「いや、絶対そこじゃないだろ……」
こうして、「入ると呪われる」と噂される家の調査は――
思いもよらない相手への聞き取り調査から始まった。




