↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
髭がそりたいだけなのに〜聖剣はカミソリだった!?〜  作者: 藤紫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/28

第四話 芋剥き器と最初の交渉

第四話 芋剥き器と最初の交渉

 ドルグは、俺が差し出した布を見て、長いこと黙っていた。

 工房の奥では炉の火がごうごうと鳴っている。

 赤く熱せられた鉄の匂い。煤けた壁。床には金属片と、使い込まれた工具が並んでいた。

 そんな神聖な鍛冶場で。

 俺は木炭で描いた、芋の皮むき器の絵……工房の隅にあった端材の裏に描いたものを掲げている。


「……お前」


「はい」


「ワシに、芋の皮をむく道具を打てと言っとるのか」


「はい」


「包丁があるだろうが」


「あります。でも、包丁では皮と一緒に可食部まで削れます」


「削ればいい」


「十個ならそうです。二十個、三十個なら、削った分だけ損です。時間もかかるし、指も切りやすい」


ドルグは、俺と布を交互に見た。


「……芋を剥くのに、そこまで考えるのか」


「営業をやっていると、無駄が気になるんです」


「なんの関係がある」


「あります。手間を減らせば、その分、別の仕事ができます。料理をする人が楽になれば、家族と過ごす時間も増える。作る側にも売る側にも、価値があります」


 つい、前世の癖で説明が長くなる。

 だが、これは単なる便利グッズではない。

 俺にとっては、ドルグに「薄く鋭い刃」を作らせるための、最初の一歩だ。

 髭を剃るための刃物をください、とは言えない。

 ならばまず、「皮だけを薄く剥く刃物」を作ってもらえばいい。


 似ている。

 いや、かなり似ている。


ドルグは鼻を鳴らした。


「くだらん」


「ですよね」


「芋は包丁で剥くもんだ。何百年もそうしてきた」


「それは、“今までそうだった”というだけです」


 言ってから、しまったと思った。

 営業時代、保守的な取引先への提案で何度も使った言い回しだ。

 便利になる根拠を示せば通じることもあるが、相手の積み重ねを否定するように聞こえることもある。

 案の定、ドルグの眉がぴくりと動いた。


「……若造が」


「すみません。言い方が悪かったです」


すぐに頭を下げる。


「包丁で剥く技術を否定したいわけじゃないんです。ただ、料理が得意じゃない人でも、同じようにきれいに剥ける道具があれば便利だと思って」


 ドルグは答えない。

 工房に、炉の火の音だけが響く

 俺は木の板を胸の前で握った。

 無理かもしれない。そもそも、この人は伝説級の鍛冶師だ。剣や斧を作る職人に、芋の皮むき器なんて頼むこと自体が間違っている。


 だが。


「……一個だけだ」


「え?」


「一個だけ打つ。使えんかったら、その板切れは焚きつけにする」


 ドルグはそう言って、俺の手から板をひったくった。


「刃の幅はこれでいいのか」


「あ、はい。たぶん……そのくらいで」


「“たぶん”で物を作らせるな。寸法を決めろ」


「すみません」


「柄は木か、金属か」


「木で。滑りにくいほうがいいです」


「刃の厚みは」


「薄く。でも、曲がらない程度に」


「それを決めるのが職人だろうが」


「ですよね」


 怒られているのに、少し嬉しかった。

 ドルグは木の板を作業台に置き、棚から薄い鋼材を取り出した。

 あの失敗作のナイフに使われているものと、似たような金属に見える。

 俺の心臓が、どくんと鳴った。


「見てろ。鍛冶を習う気はなくても、物ができる過程くらいは覚えろ」


「はい」


 ドルグは鋼材を炉に入れた。


◇ ◇ ◇


 鍛冶というものを、俺は初めて間近で見た。

 熱された金属は、赤から橙へ、橙から白へと色を変える。

 ドルグはそれを取り出し、迷いのない手つきで金床へ置いた。


カン。

カン、カン。

カン、カン、カン。


 一打ごとに、金属の形が変わっていく。

 荒々しいのに、正確だった。

 ハンマーを振り下ろすたびに火花が散り、薄い鋼が少しずつ整えられていく。

 打ち終えた刃を、ドルグは水の入った桶へくぐらせた。じゅっ、と小さな音が立つ。

 砥石を取り出し、刃を当てる。しゃり、しゃり、と乾いた音が工房に響いた。何度も水にくぐらせては研ぎ、研いでは光にかざす。

 やがてドルグは、研ぎ上がった細い刃に穴を開け、木の柄を取りつけた。

 見慣れたY字型とは少し違う。

 持ち手の先に横向きの刃があり、両端を金具で支える形。武骨で、重い。それでも、確かにピーラーだった。


「できたぞ」


 ドルグが差し出したそれを、俺は両手で受け取った。


 ずしりとした重み。

 金属の冷たさ。

 そして、横に走る薄い刃。


「……すげぇ」


「芋を剥くだけの道具に、そんな顔をするな」


「いや、これは……すごいです」


 危うく「髭も剃れそうです」と言いかけて、飲み込んだ。

 俺は台所へ駆け込み、籠に残っていた根菜をひとつ取り出す。


「ドルグさん、見ててください」


「指を落とすなよ」


「落としません」


 根菜を握り、ピーラーの刃を表面に当てる。

 ゆっくり、手前に引いた。


 す、と。


 薄い皮が、長くつながって剥けた。

 俺は止まった。

 ドルグも止まった。

 床に落ちた皮を見つめる。

 包丁なら厚く削れていたはずの皮が、透けるほど薄い。

 中身はほとんど残っている。


「……」


「……」


 もう一度、引く。


 す、するるるっ。


 また薄い皮が落ちた。

 気持ちいい。

 前世でも何度も使った道具なのに、異世界で初めて形になったそれは、妙に感動的だった。


「剥ける……!」


「芋の皮が、剥けただけだ」


「“だけ”じゃないんですよ。見てください、この薄さ。包丁より早い。中身を無駄にしない。握る手も疲れにくい。しかも危なくない!」


「最後は、お前が指を落とさなかっただけだろう」


「そこは使い方の問題です」


 俺は夢中になって根菜を剥いた。


 一個。

 二個。

 三個。


 面白いように皮が剥ける。

 薄く、きれいに、一定の幅で。

 気づけば、籠に入っていた根菜を全部剥き終えていた。ドルグはその様子を、腕を組んだまま眺めている。


「……包丁より早いな」


「でしょう?」


「皮が薄い」


「でしょう?」


「芋が減っとらん」


「でしょう!」


 思わず拳を握りしめた。

 やった。

 第一段階、成功だ。

 ドルグは出来上がったピーラーを取り上げ、じっと見た。


「……刃の角度を少し寝かせたほうがいいな。今のままだと、固い皮では引っかかる」


「直せますか?」


「誰に聞いとる」


 ドルグは、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 笑ったのかどうかは、長い白髭に隠れてよく分からない。

 ただ、その手はもう一度、ピーラーを改良する気になっているようだった。


◇ ◇ ◇


 その日の夕方。俺は市場へ、買い出しに出ていた。

 根菜、豆、塩。

 ドルグの食事を作るための、ごく普通の買い物だ

 ただし腰には、例のピーラーを下げている。

 別に見せびらかすつもりはなかった。

 今日は改良前の一本だけで、まだ人に売れる完成度ではない。


……なかったのだが。


「おい、タカハシ」


 後ろから声をかけられた。

 振り返ると、昨日俺を集落へ連れてきたガロンが、買い物袋を抱えて立っていた。袋の中からは、でかい根菜がいくつも覗いている。


「それ、腰に下げてるのは何だ?」


「え? ああ、これは……料理用の道具です」


「料理用?」


「皮むき器、というか」


「皮むきぃ?」


ガロンが首を傾げる。


「包丁があるだろ」


「ドルグさんにも同じことを言われました」


「だろうな」


「でも、これを使うと早いんです。皮も薄く剥けて、食べる部分を無駄にしません」


「ふぅん」


 ガロンは半信半疑の顔だった。

 だが、袋から根菜をひとつ取り出すと、ずい、と俺に突き出してきた。


「なら、やってみせろ」


「ここでですか」


「ここでだ」


 周りの露店のドワーフたちが、何事かとこちらを見始める。

 まずい。

 これはちょっとした実演販売になってしまった。

 だが、営業として、目の前の商機を逃すわけにもいかない。


「……分かりました」


 俺は根菜を受け取った。

 そして、腰のピーラーを抜く。

 周囲が静かになった。

 ドワーフたちの視線が、細い横刃に集まる。

 なぜか、少し緊張しているように見えた。


「おい……あれ、刃物か?」


「なんであんな細い刃を……」


「まさか、髭に使うんじゃねぇだろうな」


ひそひそ声が聞こえて、俺は慌てて首を振った。


「違います! 芋用です!」


 何だよ、芋用って。

 自分で言っていても説得力がない。

 俺は根菜の表面に刃を当て、手前へ引いた。


 す、と。


 薄い皮が、するすると長く剥けていく。


「……おお?」


 ガロンの目が丸くなった。

 もう一度。


 するるるっ。


 皮は途切れず、細い帯になって地面へ落ちる。


「おおおおっ!」


 誰かが声を上げた。


「なんだあれ!」


「中身が残ってるぞ!」


「包丁より速ぇ!」


「皮が薄い! 薄すぎる!」


 周囲に人が集まり始める。

 ドワーフたちは、俺の手元ではなく、剥かれていく根菜に釘付けだった。

 それを見て、俺は確信した。

 これは、いける。

 カミソリのために作ったわけではない。

 いや、正確にはカミソリへ近づくために作った。

 だが、この世界で最初に人々を変えるのは、髭剃りではなく。

 一本の、芋の皮むき器らしい。

 そしてこのときの俺は、まだ知らなかった。

 翌朝にはドルグの工房前に、根菜を抱えたドワーフたちの長い行列ができることを。

 そして、俺がしばらく「謎の刃物を求める男」ではなく……


ピーラー職人の家政夫として、集落中に知られることになるのを。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。