第十三話 ピーラーは戦場でも休まない
旅に出て二日目の夜。
俺たちは森の切れ目にある小さな空き地で野営していた。
火はアリシアが起こし、結界はエルヴィラが張る。
セリアはというと、酒袋を抱えて地面に寝転がっていた……のだが、さっき獣肉にひと撫でだけ氷魔法をかけて、切りやすい半冷凍の状態にしてくれたところでもある。ああいうところだけ、妙に手際がいい。
「タカハシさん、腹減ったー」
焚き火の向こうで、アリシアが無邪気に言った。
「今日はちゃんと食べたいです」
「わかってます」
俺は荷袋を引き寄せ、中身を確認する。
根菜に似た赤い野菜、薄い緑の細長い野菜、キノコ、そして獣肉。
もちろん、ドルグ工房製のピーラーもだ。
「まずは前菜からいきます」
赤い野菜と緑の野菜を、ピーラーで薄く削る。
リボンのように長い切片が、するすると皿の上に落ちていった。
塩と香草を軽く振り、柑橘の果汁を数滴垂らす。
「エルヴィラさん」
皿を差し出すと、エルフは珍しく目を丸くした。
「これは……何という切り方です」
「リボンサラダです。薄いんで、歯触りがいいと思います」
エルヴィラは一片をつまみ、口に運ぶ。
しばらく咀嚼してから、静かに言った。
「……美しい。繊維を壊さず、ここまで均一に薄くするとは」
「そっちに感心するんですね」
「ええ。刃物の使い方として、たいへん興味深いです」
次はメインだ。
アリシアのために、獣肉を処理する。
セリアが半冷凍にした肉は、繊維が締まり、驚くほど薄く削りやすい。
そこへドルグ特製のピーラーだ。肉でも芋でも野菜でも、薄刃が吸いつくように入っていく。
す、す、す。
紙みたいに薄い切片が、次々と積み重なった。
火のそばに鍋をかけ、キノコだけで出汁を取る。
タレは柑橘の果汁と、ごまに似た種をすり潰したものに塩を加えて整えた。
「アリシアさん、しゃぶしゃぶという料理です。薄切り肉を出汁に通して、タレにつけて食べてください」
「わあっ、すごい薄い! これ、すぐ火が通るやつだ!」
アリシアは目を輝かせ、さっそく肉を鍋にくぐらせた。
一方、セリア用には、切り取った脂身を鍋で溶かし、芋を薄切りにして揚げる。
夜の森に、カリッ、という軽い音が響いた。
「……これ、酒に合う」
セリアがポテトチップを一枚かじり、満足そうに酒袋を傾ける。
「タカハシさん、さすが剣聖。いい仕事するね」
「家政夫です」
三人とも、それぞれの皿に夢中になっていた。
アリシアは肉を次々と鍋に入れ、エルヴィラはリボンサラダを一枚ずつ確かめるように味わい、セリアはチップをつまみに酒を飲んでいる。
しかも今は、珍しく全員の意識が食事に向いていた。
アリシアは鍋から目を離さない。
エルヴィラは皿の上の切断面を観察している。
セリアは「次は芋を焦がすなよー」とだけ言って、もう半分できあがっている。
……今だ。
俺は音を立てないように立ち上がり、荷物の陰に回った。
革箱を開ける。
浄鉄の刃が、焚き火の光を受けて小さく白く光った。
今日こそいける。
泡を立てて、湯で整えて、一気に……
その瞬間、首根っこをいきなり掴まれた。
「っ!?」
ぐい、と引き戻される。
俺はそのまま焚き火のそばに座らされた。
終わった、と思った。
勝手にカミソリを使おうとしたことを怒られるのだと。
しかし、飛んできた言葉は予想とまるで違った。
「お肉足りなーい!」
アリシアが、空になった皿を突き出していた。
「もっと切ってください、剣聖様! この薄さ、最高です!エルヴィラのお野菜もしゃぶしゃぶ?しちゃいました!」
「……は?」
「お願いしまーす!」
エルヴィラも、いつの間にかサラダの皿を空にしてこちらを見ている。
「追加をいただけますか。この切り方は記録に値します」
「食うほうじゃなくて研究対象なんですか……」
「アリシアにいくらか取られてしまいましたし」
セリアはチップをかじりながら、片手をひらひら振った。
「芋も追加。脂、まだ残ってるでしょ。あと火、少し落としたほうが焦げないよ」
「酔ってるのにそこは見るんですね」
「酒のつまみには本気だからね、私は」
俺は襟首を放され、呆然と三人を見た。
怒られると思っていた。
少なくとも、「勝手に聖剣を使うな」とは言われると思っていた。
なのに、実際に求められたのは追加の薄切り肉と薄切り野菜、揚げ芋だった。
「……はい」
俺は半冷凍の肉を再び手に取る。
ピーラーを滑らせる。
薄い切片が、またひらひらと落ちていく。
アリシアが喜ぶ。
エルヴィラが観察する。
セリアが酒を飲みながら火加減にだけは口を出す。
俺の顎は、今日も泡ひとつ乗せられそうにない。
肉はここまで薄くできるのに、自分の髭は一ミリも減らせないのかと思うと、ちょっとだけ泣きたくなる。
精肉工場の夜は、まだ始まったばかりだった。




