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【第2話:鳴り止まない通知】

スマートフォンのバイブレーションが、

無機質なデスクの上で「ブーッ、ブーッ」と短く震える。


画面を見なくても、誰からかは分かっていた。


『今どこ?』


『今日、本当はお仕事お休みでしょ』


『なんで既読スルーするの?』


画面を裏返しても、微かな振動が床を伝って

俺の鼓膜を叩き続ける。


返信が三十分も遅れれば、次はスタンプの連打か、

「私のこと嫌いになったの?」

「死にたい」という極端な言葉が並ぶ。


(あの夜の自分を、今すぐ殴り殺してやりたい)


俺はこめかみを強く押さえた。

愛花は最初、指先を合わせるだけで

顔を赤らめるような、恥じらいのある可愛い女の子だった。


だからこそ、俺も油断していたのだ。

四回目のデートで初めて一線を超えたあの夜、

ベッドの中で彼女をさらに繋ぎ止めるための、

少し強めの営業トークのつもりで、その耳元に囁いてしまった。


「本当は規約違反なんだけど……

愛花が特別だから。

こんな気持ちになったの、

愛花が初めてだよ」


それは、この世界を泳ぎ続けるための

単なる「嘘の餌」だった。


しかし、愛花はその言葉を本気で、

それも狂信的なまでの純度で受け止めてしまった。


肌を重ねた瞬間から、彼女は豹変した。


「シオン、愛花だよ」

扉を開けた瞬間、ツンとした芳香剤の匂いが鼻を突いた。


店が用意した系列のラブホテル。

愛花が正規の手順で指名予約を入れた以上、

俺に拒否する権限はない。


逃げ場のない密室で、愛花はベッドの端に腰掛け、

じっと俺を凝視していた。かつての可憐な面影はどこにもない。

その瞳は完全に据わり、異様な光を宿している。


「最近、LINE冷たいよね。

どうして? 私たち、付き合ってるんだよね」


「愛花、何度も言ってるけど、

俺には仕事としての立場もあって……」


俺はできるだけビジネスライクに、

冷酷にあしらおうと言葉を選んだ。


これ以上、彼女を俺のプライベートに

踏み込ませてはいけない。


だが、下手に突き放せば何が起こるか

分からないという恐怖が、俺の喉を震わせる。


「仕事?」


愛花が低く笑った。

彼女はゆっくりと立ち上がり、俺の胸元に指先を突き立てる。


「本当は規約違反だよね?

私だけに一線を超えたって、

あの夜自分で言ったよね」


彼女の指先が、じわじわと力を

増して俺の皮膚に食い込む。


「もし私を裏切ったら、店にもぶちまけるし、

裁判で訴えるから。契約違反であなたを破滅させてあげる」


心臓がどくんと大きく跳ね上がった。

裁判、破滅、クビ。

その生々しい単語が、俺の脳裏を支配する。


営業の仕方を完全に間違えた。

スパ最悪の地雷を踏んでしまったのだ。


力ずくで振り払うこともできず、

俺はただ冷や汗を流しながら、

愛花の歪んだ執着の前に立ち尽くすしかなかった。


逆恨みが怖い。

クレームが怖い。

この女が、怖い。


「……分かってるよ、愛花。怒らないで」


結局、俺の口から出たのは、

自分の首をさらに絞めるような

引きつった微笑みと、卑屈な宥めの言葉だけだった。


その夜、仕事を終えて自分の狭いワンルームに帰ってきた俺は、

電気も点けずに床に座り込んだ。


バッグの中で、また営業用スマホが

「ブーッ……ブーッ……」と鳴り始める。


若い頃なら、「ヤバい客捕まえちゃった」

と笑い話にできたかもしれない。


だが、三十三歳になった今の俺には、

そんな余裕は一ミリもない。


もしここでトラブルを起こして

店を追われれば、

学歴も職歴もない俺には次がないのだ。


この仕事にしがみつくしかないのに、

その仕事そのものが、今まさに俺の人生を壊そうとしている。


暗闇の中、決して鳴り止まない

スマートフォンの青白い光が、

俺の怯えた顔を冷たく照らし続けていた。


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