第87話:二人の聖女
万民の視線が、いっせいに、私へと突き刺さりました。
花吹雪の舞う壇上から、アウレリアが、ゆっくりと、こちらを見下ろします。その美しい顔に、わずかな動揺もありません。
「あなたは……?」
「エルシア・ド・ノースウォール。人は、私を『調和の聖女』と呼びます」
ざわり、と群衆が揺れました。「北の、偽聖女だ」――誰かが囁き、その囁きが、波紋のように広がっていきます。
「ああ。あなたが」
アウレリアは、痛ましいものを見るように、目を伏せました。
「噂は、聞いております。神聖な祭壇を壊して回る、哀れな異端の女人。……どうか、悔い改めて。聖王猊下の御光は、あなたのような者にも、等しく差し伸べられているのですよ」
「アウレリア」
私は、まっすぐに、その黄金の瞳を見据えました。
「あなたが今、咲かせたその花。癒したその傷。……その光が、どこから来ているか、ご存知ですか」
「聖王猊下より、賜った――」
「違います」
私は、声を、振り絞りました。
「遥か海都の、教会の最も深い場所。そこで、生きた人々が、魔力を搾り取られています。あなたが手をかざすたびに、その人たちの命が、燃やされている。……あなたの奇跡は、誰かの命を、薪にして、灯っているのです」
その瞬間。
アウレリアの、慈愛の微笑みが――ほんの一瞬、凍りつきました。
「……何を、仰っているの」
その声から、澄んだ響きが、わずかに、揺らぎました。
黄金の瞳の奥に、初めて、人間らしい色が――戸惑いが、よぎったのです。
「いの、ち……? 私の、光が……?」
ああ、やはり。
この人は、知らない。自分の奇跡が、何の上に咲いているのかを。幼い頃から「お前こそが本物の聖女だ」と教え込まれ、疑うことすら、許されてこなかったのです。
私は、思わず、壇上の彼女へ、手を伸ばしかけました。
この人もまた、教会に「作られた」、被害者なのかもしれない。私が、もし、違う道を歩んでいたら――なっていたかもしれない、姿。
◇◇◇
「――おお、なんという、痛ましい光景か!」
その時。
群衆を割って、あの慈愛に満ちた声が、響き渡りました。司教ガレスです。
「皆様、ご覧なされ! 北の異端が、まことの聖女様の御前に現れ、ありもせぬ妄言で、その尊き御心を惑わさんとしている! 己が偽物と暴かれるのが恐ろしさに、まことの太陽を、貶めに来たのです!」
「そうだ! こいつが、偽聖女だ!」
「太陽の聖女様を、惑わすな! 異端め!」
ガレスの一声で、揺らぎかけた万民の心は、たちまち、憎悪へと束ねられました。
四方から罵声が飛び、敷石を剥がして投げつけようとする者まで現れる。万の悪意が、津波となって、私と、私の小さな仲間たちへと、押し寄せてきました。
――千年前と、同じ。
リーシェ様が、立たされた、あの広場と。
「エルシアさま!」「下がってください!」
リオが、シエルが、必死に私を庇おうとします。けれど、群衆の勢いは、止まりません。
「アウレリア!」
それでも、私は、押し寄せる悪意の中から、もう一度、彼女へと叫びました。
「いつか、思い出して! あなたの光が、誰かの涙の上に咲いていることを! その時、本当のあなたが、どうしたいのか――どうか、あなた自身の心で、考えて!」
その言葉が、届いたのかは、分かりません。
ただ――壇上のアウレリアは、罵声渦巻く広場の中、ただ一人、立ち尽くしたまま。胸元を、きつく押さえて。私の方を、見つめていました。まるで、何かを、思い出そうとするかのように。
「聖女様を、お守りせよ! 異端を、捕らえよ――!」
教会の衛兵たちが、いっせいに、剣を抜き放ちました。
偽りの太陽の下、私たちは、完全に、四面楚歌の窮地へと、追い詰められたのです。
二人の聖女、ついに対峙ですわ……!
エルシア(氷・真・生贄なし)と、アウレリア(太陽・偽・隠し生贄)。鏡像の対決。
エルシア様は、証拠なきまま、それでも真実をぶつけます。
「あなたの奇跡は、誰かの命を薪にして灯っている」――。
その瞬間、アウレリアの微笑みが凍りつく。
「いのち……? 私の、光が……?」
彼女は、知らなかった。幼い頃から「お前こそ本物」と教え込まれ、疑うことすら許されずに来た。
エルシア様が「私が違う道を歩んでいたら、なっていたかもしれない姿」と見たもの……切ないですわ。
ですが、そこへガレス。
たった一声で、揺らいだ万民を「憎悪」へと束ね直す。
「異端が、まことの聖女を貶めに来た!」――そして、千年前のリーシェと同じ、石もて追われる構図に。
それでもエルシア様は叫ぶ。
「いつか思い出して。あなた自身の心で、考えて」――
胸を押さえ、立ち尽くすアウレリア。届いたのか、否か。
そして、抜き放たれる衛兵の剣。完全なる、四面楚歌。
エルシア様たちは、この絶体絶命を、どう切り抜けるのか……!?
もし、この対峙に痺れたなら、
ぜひ【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】で、窮地のエルシア様に追い風を!
次回、第88話「第二章 完/溶けない雪のように」でお会いしましょう。




