第84話:それでも、手を伸ばす
答えは、思いがけない場所から、やってきました。
眠れぬ夜、私は、子供たちの寝間を、そっと覗きました。
寝顔の中に、ミラの姿があります。「太陽の聖女アウレリア様、すてきだなあ」と、無邪気に憧れた、あの子。
――この子が、いつか、偽りの太陽に手を引かれて、誰かを「異端だ」と石を投げる側に回ってしまったら。
その想像が、私の迷いを、断ち切りました。
千年前、リーシェ様は、たった一人で、太陽の偽物に立ち向かい、葬られました。誰も、彼女の隣に立たなかったから。彼女の真実を、継ぐ者がいなかったから。
でも――森の番人は、言いました。
「偽りの光を暴くのは、きみの氷じゃない。きみが繋いだ、たくさんの手だ」と。
ならば、私のすべきことは、一つです。
◇◇◇
翌朝、私は、評定の間に、残ったすべての人を集めました。
「メルディアへ、参ります」
ざわめく一同を、私は、まっすぐに見渡しました。
「ですが――誰にも、強いはいたしません。これは、命の懸かった道です。守るべき民を持つ皆様が、引き返すことを、私は、決して責めません」
深く、息を吸って。
「私が行くのは、アウレリアを言い負かすためでは、ありません。私には、その場で偽りを証明する力は、ない。……それでも、行くのです。万民が偽りの太陽にひれ伏す、その場所に、たった一人でもいい、『これは違う』と知る者が、立っているために。千年前、リーシェ様の隣に、誰もいなかった。……その繰り返しだけは、させません」
しん、と。評定の間が、静まり返りました。
やがて。
「……であれば」
最初に立ち上がったのは、ソルレイで救われた、あの老婆でした。
「あたしらの春を、取り戻してくれたのは、聖女様だ。眩い奇跡なんざ、なくたって。あたしは、この目で見た真実を、メルディアで、叫んでやりますよ」
「わたしも、行きます!」
続いたのは、シエルでした。
「ミラちゃんに、ちゃんと見せてあげたいんです。氷だって、人を救えるって。冷たくなんか、ないって」
「オーッホッホッホ! 言い出しっぺが行かぬ法がございまして? このロザリア、社交界の舌戦なら、メルディアの司教どもにも、引けは取りませんわ!」
一人、また一人。
解放された民が、良心的な神官が、そして、まだ残ってくれていた当主の幾人かが、静かに、けれど確かに、立ち上がっていきました。
数では、ありません。アウレリアの儀に集う、万の群衆には、遠く及ばない。
けれど――ここにいるのは、誰一人、偽りに酔ってはいない。自分の目で見た真実を、握りしめた人々。これこそが、リーシェ様が、ついぞ持てなかった「繋いだ手」なのです。
「皆さん……ありがとう、ございます」
胸が、熱く、震えました。私は、もう、一人ではない。
◇◇◇
「最後に、私が前へ出ることを、許してくれ」
評定の間の扉のそばで、ずっと黙していたカイルム様が、ようやく口を開きました。
「メルディアは、教会の本丸。何が待つか分からん。……ならば、剣を握る者の出番だ。お前たちが真実を叫ぶ、その時間を稼ぐのは、氷の死神の役目だろう」
「カイルム様……」
「言ったはずだ。火の中だろうと、隣にいる、とな」
私は、リオへの返信を、したためました。
『メルディアへ向かいます。満月の夜、必ず、そちらで合流を。――今度は、あなたを、一人にはしません』
準備は、整いました。
眩い偽りの太陽が昇る、その都へ。私たちは、小さな、けれど決して折れない「輪」を抱いて、北の城を発つのです。
エルシア様、決断の回ですわ……!
迷いを断ち切ったのは、子供のミラの寝顔。
「この子が、いつか偽りの太陽に手を引かれ、誰かに石を投げる側に回ってしまったら」――
その想像が、エルシア様を立たせました。
そして、彼女が選んだのは「第三の道」。
言い負かすためではなく、ただ「これは違う」と知る者が、その場に立つために。
「千年前、リーシェの隣に、誰もいなかった。その繰り返しだけは、させない」――。
強制はしない。それでも、立ち上がる人々。
ソルレイの老婆、シエル様、ロザリア様、神官、当主たち。
数では万の群衆に及ばない。けれど、誰一人、偽りに酔っていない。
これこそ、リーシェがついぞ持てなかった「繋いだ手」……沁みましたわ。
カイルム閣下も、「真実を叫ぶ時間を稼ぐのが、氷の死神の役目」。最高ですわ。
そして、リオへの返信。「今度は、あなたを、一人にはしません」。
いざ、聖堂都市メルディアへ。小さな、折れない「輪」を抱いて。
もし、この旅立ちに「いってらっしゃい!」と思ってくださったなら、
ぜひ【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】で、追い風を贈ってあげてくださいな。
次回、第85話「聖堂都市メルディアへ」でお会いしましょう。




