第82話:番人の言伝、南に昇る太陽
森の番人は、夜明けとともに、去っていきました。
「もう、行くのですか」
城門で見送る私に、少年は、振り返らぬまま、片手を上げました。
「精霊は、一つ所には、留まれない。……でも、覚えておいて。きみが祭壇を解くたび、ぼくは、その振動で目を覚ます。だから、いつでも、また会えるさ」
そして、彼は、最後に、一つの言伝を残しました。
「忠告を、一つ。リーシェは、たった一人で、太陽の偽物に立ち向かって、葬られた。きみは、同じ轍を踏んではいけない。……偽りの光を暴くのは、きみの氷じゃない。きみが繋いだ、たくさんの手だ」
その言葉を胸に刻んだ時には、もう、白銀の少年の姿は、朝靄の中に、溶けるように消えていました。
足跡ひとつ、雪原には、残らぬまま。
◇◇◇
番人の去った城は、けれど、不思議と、温かさを取り戻していました。
「さあさあ、辛気臭い顔は無しですわよ! オーッホッホッホ!」
ロザリア様が、扇子を鳴らして、私の背を、ぽんと叩きます。
「千年の因縁だろうと、呪いだろうと。要は、目の前の戦に、一つずつ勝てばよいのでしょう? なら、わたくしの出番ですわ。各領のご当主、まだまだ口説き落としてご覧に入れますわよ」
「ロザリア様ったら」
その隣で、シエルが、ミラたち子供と、氷の蝶を飛ばしている。
厨房からは、カイルム様が「甘いものを」と無茶を言って、料理人を困らせている声まで聞こえてきます。私のアップルパイを、よほど気に入ったらしいのです。
千年の孤独を、私は知りました。
けれど、この城には、笑い声がある。手を取り合う人がいる。――リーシェ様が、ついぞ持てなかったものが、ここには、確かにあるのです。
「番人の言う通りですわ」
私は、そっと呟きました。
「私は、一人では、ない」
◇◇◇
けれど、その束の間の温もりは、南からの一報で、再び、緊張に塗り替えられることになりました。
早馬が運んできたのは、教会の、大々的な「告知」でした。
『来る満月の夜。聖堂都市メルディアにて、聖都公認の『太陽の聖女アウレリア』、その奇跡を、万民の前に披露せん。傷める者は癒え、飢える者は満ち、すべての民が、まことの聖女を、その目で拝むであろう――』
「……ついに、来ましたわね」
告知を読み上げたロザリア様の声も、さすがに、硬くなっていました。
「公開の奇跡、ですか」
私は、唇を噛みました。
ガレスが言っていた、「真偽は、誰の目にも明らかな奇跡で決せられる」という、あの言葉。それが、いよいよ、現実になろうとしている。眩い偽りの太陽が、万民の歓呼の中で、昇るのです。
ほぼ時を同じくして、リオからの、二通目の便りも届きました。
『奇跡の儀の場所と日取りが決まりました。北からも数日、聖堂都市メルディアです。教会の威光が、最も篤く根を張った街。……そして、その奇跡を支える「隠し祭壇」のからくりも、おおよそ掴みました。アウレリア様の奇跡は、彼女自身の力ではありません。遥か海都――教会の最も深い場所に据えられた巨大な祭壇から、生贄の魔力を"見えない糸"で引いて、演じているのです。ですが、その確かな証拠は、海都の奥深く。僕の手だけでは、とても、届きません。』
奇跡が披露されるのは、聖堂都市メルディア。けれど、それを支える生贄の源は、遥か海都の彼方。
北の城に集った当主たちが、再び、ざわめき始めました。「偽聖女」の烙印を恐れ、揺れる心が、また、頭をもたげようとしています。
偽りの太陽が、昇る前に。
私は、この揺れる「輪」を、どう繋ぎ止め、どう動かすのか。――時間は、満月まで、もう、いくらも残されていませんでした。
第三バッチ、締めの回ですわ。呪いを巡る物語を越えて、再び、偽聖女との戦いへと加速します。
森の番人の、去り際の言伝。
「リーシェは一人で立ち向かって葬られた。きみは、同じ轍を踏むな」
「偽りの光を暴くのは、きみの氷じゃない。きみが繋いだ、たくさんの手だ」――
これ、第二章「会議編」全体のテーマそのものですわね。エルシア様の答えは、もう、出ている。
そして束の間の箸休め。
ロザリア様の鼓舞、シエル様と子供たち、アップルパイをねだるカイルム閣下(笑)。
「リーシェがついぞ持てなかったものが、ここにはある」――沁みますわ。
ですが、束の間。
ついに教会が、満月の夜・海都での「太陽の聖女アウレリア」公開の儀を告知!
リオからは、隠し祭壇の在処の手がかり……けれど、確証は海の彼方。
そして、再び揺れ始める当主たち。
満月まで、時間はわずか。
エルシア様は、揺れる「輪」を繋ぎ止め、偽りの太陽にどう立ち向かうのか。
いよいよ、第二章は終盤戦へ突入しますわ!
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次回、第83話「割れる評定、届かぬ証」でお会いしましょう。




