第81話:呪いの根、分かち合う痛み
城の暖炉の前で、森の番人は、ぱちぱちと爆ぜる火を、静かに見つめていました。
「では、聞かせてもらおう」
カイルム様が、口を開きました。いつもの断定の響きが、今だけは、わずかに、掠れています。
「私の一族が、二十数年――いや、千年、背負ってきたこの『血の盟約』とやらは。あの、リーシェという聖女と、どう繋がる」
森の番人は、ゆっくりと、こちらへ振り向きました。
「千年前。リーシェが炎に葬られた、あの夜のこと」
その声は、子守唄のように、静かでした。
「一人の男が、いた。彼女を救えなかった、北の地の領主だ。彼は、燃え落ちる広場で、一掴みの『氷の破片』を拾い、精霊と、契約を結んだ。――いつか、調和の聖女がこの地に還る、その日まで。北の氷と、彼女の祈りを、命を懸けて守り継ぐ、と」
「……それが、初代ノースウォール辺境伯」
カイルム様の声が、震えました。
「そうだ。けれど、その尊い誓いは、呪われていた。なぜなら、千年前に人と精霊が結んだ『最初の契約』そのものが、すでに歪んでいたから。歪んだ土壌に植えた約束は、逆流する。……契約の力は、それを継ぐ者を、内側から焼く呪いとなった」
ぱちり、と火が爆ぜました。
「以来、ノースウォールの当主は、代々、この呪いと共に生まれ、誰も近づけぬまま、孤独に死んでいった。きみが、ずっと『なぜ自分が』と問うてきた、その痛みの正体さ」
カイルム様は、しばらく、無言でした。
二十数年。氷の死神と恐れられ、誰の温もりも知らず、ただこの灼ける痛みと共に生きてきた人。その孤独の理由が、千年の約束だったと――今、知ったのです。
「……馬鹿げた話だ」
やがて、カイルム様は、ふっと、笑いました。自嘲ではなく、どこか、晴れやかに。
「会ったこともない先祖の、千年越しの約束のために、私は焼かれ続けてきた。……だが、悪くない。その約束のおかげで、私は、お前を待っていられたわけだからな」
その手が、隣に座る私の手を、そっと握りました。
「エルシア。お前が、リーシェの祈りを継ぐ者だ。……つまり、私の一族は、千年、お前を待っていた」
胸が、いっぱいになりました。
彼の痛みが、私を待つための痛みだったのなら。私の右腕で分かち合うこの疼きも、もう、ただの呪いではない。千年の約束を、二人で果たすための、絆の証なのです。
◇◇◇
「では、この呪いを、根から断つには」
私は、森の番人へと、まっすぐに問いました。
「千年前の、歪んだ『最初の契約』を、正すしかない。それは、まだ、遥か先の話さ」
少年は、静かに首を振りました。けれど、その瞳に、ほんの小さな光を灯して。
「でもね。糸口は、もう、きみたちの手の中にある。――奪われたものを、還す力。それがあれば、歪んだ契約を、少しずつ、解いていける」
「奪われたものを、還す……それは」
「わたしの、純氷……?」
いつの間にか、戸口に、シエルが立っていました。話を、聞いていたようです。
「そう。きみの『純氷』と、姉さんの『調和の氷』。奪う理を解く力と、還す力。二つが揃って初めて、千年の歪みは、正せる。……まあ、それは、ずっと先の物語だけれどね」
森の番人は、悪戯っぽく微笑みました。
まだ、遠い。けれど、確かに、道は示されたのです。カイルム様の呪いを断つ鍵が、私とシエル――姉妹の力の中に、眠っている。
「おねえさま。わたし、もっと、強くなる。……カイルムおにいさまの痛みを、なくせるように」
シエルが、ぎゅっと、拳を握りました。
その小さな決意に、私も、カイルム様も、思わず、微笑みを交わしたのでした。
カイルム閣下の、二十数年の孤独に、ようやく「意味」が与えられる回ですわ……。
「血の盟約」の正体。
千年前、リーシェを救えなかった初代辺境伯が、精霊と結んだ誓い。
「いつか調和の聖女が還るまで、北の氷と祈りを守り継ぐ」――
けれど、最初の契約が歪んでいたせいで、その尊い約束は「逆流」し、一族を焼く呪いになった。
代々、誰も近づけず孤独に死んでいったノースウォールの当主。
カイルム閣下が「なぜ自分が」と問い続けた痛みは、千年、エルシア様を「待つ」ための痛みだったのです。
「その約束のおかげで、私は、お前を待っていられた」――もう、涙腺が……。
そして、呪い根治の「糸口」。
鍵は、エルシア様の「調和の氷」と、シエル様の「還す純氷」。姉妹の力。
(第一部からの「純氷は調和の氷と対をなす」が、ここで効いてきますわ)
まだ遠い。けれど、道は示された。
「カイルムおにいさまの痛みを、なくせるように」――シエル様の決意、健気すぎますわ。
もし、この絆に「あったかい!」と思ってくださったなら、
ぜひ【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】で、家族に祝福を贈ってあげてくださいな。
次回、第82話「番人の言伝、南に昇る太陽」でお会いしましょう。




