第80話:千年前の聖女と、偽りの太陽
吹雪が晴れると、そこは、見知らぬ都でした。
千年、昔。
まだ「中央教会」が、これほど大陸を覆う前の時代。私は、幻の中で、ひとりの女性の傍らに立っていました。
質素な衣をまとい、荒れた手で、病んだ子の額を撫でる女性。その指先から、淡い氷の慈しみが零れ、子の熱を、そっと取り去っていきます。
人々は、彼女を、こう呼んでいました。
「――調和の聖女、リーシェ様」
私と、同じ称号。
彼女は、精霊と人との間に立ち、生贄を求めぬ恵みで、人々を生かしていました。私が今、しようとしていることを、千年も前に、たった一人で。
『あなたは……私の、ずっと前を、歩いていた人』
胸が、熱くなりました。
けれど――その幻は、優しいだけでは、終わりませんでした。
◇◇◇
ある日、都の広場に、まばゆい光が降り立ちました。
黄金の髪に、慈愛の微笑み。手をかざせば、傷が癒え、枯れた花が咲き誇る。集った民は、熱狂し、ひれ伏しました。
「おお、なんと尊い……これぞ、まことの聖女様だ!」
教会が、新たに「立てた」聖女でした。
太陽の如く眩く、誰の目にも分かりやすい奇跡を振りまく、もう一人の聖女。――その姿に、私は、息を呑みました。
アウレリア。
あの偽りの太陽と、何もかもが、同じだったのです。
『同じ……千年前から、教会は、同じことを』
「そう」
いつの間にか、傍らに、森の番人の声がありました。
「本物の聖女を葬るのに、剣はいらない。ただ、もっと眩い『偽物』を、隣に立てればいい。民は、地味な本物より、華やかな嘘を選ぶ。……そうして、調和の聖女リーシェは、いつしか『偽聖女』と呼ばれ、石を投げられるようになった」
幻の中で、リーシェ様は、たった一人、広場の中央に立たされていました。かつて彼女が癒した人々が、今は、憎しみの目で彼女を取り囲んでいる。
「あれは、偽物だ! 太陽の聖女様を騙る、異端だ!」
炎が、焚かれました。
「神の名のもとに」――そう唱える司祭の声とともに。リーシェ様は、最後まで、誰も恨まず、ただ静かに、その炎を受け入れたのです。
『そんな……っ』
私は、思わず手を伸ばしました。けれど、幻の彼方の彼女には、届きません。
炎が燃え上がる、その最後の瞬間。
リーシェ様の唇が、確かに、動きました。声にならぬその言葉を、なぜか、私は、聞き取ることができたのです。
『――いつか。私の願いを継ぐ、誰かのもとへ。この祈りが、届きますように』
その祈りの結晶が、青く凍り、はらはらと、地に零れ落ちて。
それは紛れもなく、私が今、手に握っている――あの「氷の破片」でした。
◇◇◇
「……戻ったか」
吹雪が晴れ、私は、雪原に膝をついていました。頬を、止めどなく、涙が伝っています。カイルム様の腕が、震える私を、しっかりと支えていました。
「私の戦いは……初めてでは、なかったのですね」
私は、握りしめた氷の破片を、胸に抱きました。
「千年前、リーシェ様が、たった一人で戦って、葬られた。その祈りが、ずっと、次の誰かを待っていた。……アウレリアの偽りの奇跡も、ガレスの囁きも、全部、千年前から繰り返されてきた、同じ手口だったのです」
「ならば」
カイルム様の声が、低く、燃えるように響きました。
「今度こそ、その繰り返しを、終わらせる。……リーシェとやらが、一人で立たされた広場に。今度は、お前の隣に、私がいる」
千年の孤独を、私は、知ってしまいました。
けれど、私は一人ではない。その違いが、きっと、千年の歴史を、変える鍵になる。
涙を拭い、私は、夜空を見上げました。遥か南で昇ろうとしている偽りの太陽を、今度こそ、暴いてみせると、誓いながら。
千年前の真実――重い回になりましたわ。
エルシア様の「ずっと前を歩いていた人」、調和の聖女リーシェ。
生贄を求めず、人を癒した、本物の聖女。
ですが教会は、彼女を葬るのに剣を使わなかった。
ただ、もっと眩い「偽物」を隣に立てただけ。――そう、アウレリアと、まったく同じ手口で。
「民は、地味な本物より、華やかな嘘を選ぶ」。
この言葉の残酷さ……。リーシェは「偽聖女」と呼ばれ、炎に葬られる。
それでも誰も恨まず、最後に遺した祈り。
「いつか、私の願いを継ぐ誰かのもとへ」――
その結晶こそ、エルシア様の手の中の「氷の破片」だったのです。繋がりましたわね……。
エルシア様の戦いは、千年越しの「繰り返し」だった。
でも、決定的な違いが一つ。リーシェは一人だった。エルシア様には、カイルム閣下がいる。
「今度は、お前の隣に、私がいる」――この一言に、すべてが懸かっていますわ。
カイルム閣下の呪いを巡る謎も、ここから一気に深まります。
もし、千年の祈りに心を動かされたなら、
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次回、第81話「呪いの根、分かち合う痛み」でお会いしましょう。




