第79話:雪原に立つ、白銀の少年
雪原に立つ少年は、足跡を、一つも残していませんでした。
月明かりの下、私とカイルム様が城門を出ると、彼は、ただ静かに、こちらを見上げていました。白銀の髪に、淡く光る氷の羽。掴みどころのない碧の瞳は、人のものとも、精霊のものともつかず。
「久しいね、調和の聖女。それと――痛みを分かつ、死神の君」
鈴を転がすような、それでいて、どこか遠い声でした。
精霊の門で出逢った、あの森の番人。確かに、彼でした。
「どうして、ここへ。それに……」
私は、思わず、疼く右腕を押さえました。
「あなたが現れた途端、私たちの『血の盟約』が、疼いたのです。祭壇を解いてもいないのに」
「呼ばれたのさ。きみたちの痛みに」
少年は、ふわりと近づいてきました。雪を踏んでいるはずなのに、その足音は、ありません。
「きみが、各地の祭壇を一つ解くたびに。千年、凍りついて眠っていたものが、少しずつ、寝返りを打つ。……そして、その振動が、きみの腕に巣くう『古い契約』を、揺さぶるんだ」
古い契約。
血の盟約のことを、彼は、そう呼びました。
「カイルム様の盟約と、千年前と。……繋がっている、と仰るのですか」
「さあ、どうだろう」
森の番人は、悪戯っぽく首を傾げました。けれど、その瞳の奥には、計り知れない哀しみが、沈んでいるように見えました。
「言葉で語るには、千年は、長すぎる。……だから、見せてあげる。きみが、祭壇の底で拾った、あの欠片を、お貸し」
彼が言っているのは――きっと、これでしょう。
私は、懐から、小さな氷の破片を取り出しました。ソルレイの祭壇の核で見つけた、淡く青く光る、あの欠片。いつか、千年前の幻を、私に見せたもの。
「それは、千年前に葬られた者たちの、祈りの結晶。きみと、同じ氷を使った者たちのね」
森の番人が、細い指先を、そっと欠片へ重ねました。
その瞬間。
欠片が、青白い光を放ち、私の視界が――吹雪に呑まれるように、白く、染まっていきました。
「カイルム様……っ」
「離さんぞ。お前の手は、私が握っている」
力強い手の感触だけを頼りに、私は、千年の彼方へと、引き込まれていったのです。
「血の盟約」を巡る物語が、本格的に動き出しますわ。
雪原に、足跡ひとつ残さず立つ、白銀の少年。
精霊の門で出逢った、あの「森の番人」の再登場ですわ。
彼が現れた途端、解放もしていないのに疼いた「血の盟約」。
その正体は――「きみが祭壇を解くたび、千年眠っていたものが寝返りを打ち、その振動が古い契約を揺さぶる」。
エルシア様の祭壇解放の旅が、そのまま、呪いの根を揺り起こしていく。
二つの軸が、ここで初めて、はっきりと繋がりますの。
そして、言葉ではなく「見せてあげる」と。
ソルレイの祭壇で拾った「氷の破片」を媒介に、エルシア様は千年前の幻へ――。
カイルム閣下の「離さんぞ。お前の手は、私が握っている」、しびれますわね。
次回、いよいよ千年前の真実の、その入り口が開きます。
そこで明かされるのは、エルシア様の戦いが、決して「初めて」ではなかった、という事実……。
もし、続きが気になる!と思ってくださったなら、
ぜひ【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価で、二人に追い風を贈ってあげてくださいな。
次回、第80話「千年前の聖女と、偽りの太陽」でお会いしましょう。




