第78話:憧れの光と、疼く絆
よく晴れた、午後のことでした。
城の中庭で、シエルが、避難してきた子供たちと遊んでいます。白銀の指先から舞う氷の蝶を追って、子らの笑い声が、青い空に弾けていました。
その輪の中で、ひとり、ミラという小さな女の子が、頬を上気させて、こんなことを言ったのです。
「ねえねえ、知ってる? 南のほうにね、すっごく綺麗な聖女様がいるんだって」
「綺麗な、聖女様?」
シエルが、きょとんと首を傾げました。
「うん。金色の髪で、お日さまみたいにぽかぽかしてて。手をかざすだけで、怪我が治って、枯れたお花が、ぱあって咲くの。みんな、その聖女様のこと、『太陽の聖女アウレリア様』って呼んでるんだって。……すてきだなあ」
無邪気な、何の悪気もない、子供の憧れでした。
けれど、その言葉は、たまたま庭を通りかかった私の足を、ぴたりと止めさせました。
「ミラちゃんは、その聖女様に、会ってみたい?」
私が静かに尋ねると、ミラは、こくりと頷きました。
「うん! だって、ぽかぽかして、優しそうなんだもん。……氷のおねえさまも、好きだけど。氷は、ちょっと、冷たいから」
悪意のない、それゆえに、まっすぐな言葉でした。
胸の奥が、ちくりと痛みます。けれど、それ以上に、私は、ぞっとしていました。
――もう、届いている。
遥か南で生まれた偽りの光が、もう、こんな北の果ての、幼い子の心にまで。剣も、囁きもいらない。ただ「温かくて、美しい」というだけで、人の心は、いとも容易く、そちらへ傾いていくのです。
「シエル」
その夜、私は、妹をそっと呼びました。シエルは、昼間のミラの言葉を、ずっと気にしていたようでした。
「おねえさま……わたしの氷も、アウレリアさまの光も、おなじ『救う力』なのに。どうして、わたしたちの氷は、『冷たい』って言われちゃうんだろう」
「……ね。難しいわね」
私は、妹の白銀の髪を、そっと撫でました。
「でも、シエル。本物の温かさは、ぱっと見の眩しさじゃ、ないと思うの。塩で枯れた畑に、こっそり水を届け続ける。怖がる子の隣に、ずっと座っていてあげる。……地味で、冷たく見えても。それは、確かに、人を生かす温もりよ」
「……うん」
シエルは、こくんと頷いて、それから、ぎゅっと私に抱きつきました。
その小さな温もりを抱きしめながら、私は、決意を新たにしました。偽りの太陽が、どれほど眩く昇ろうと。私は、私の氷で、地道に、人を生かし続ける。それが、まやかしへの、たった一つの答えなのだと。
◇◇◇
その時でした。
ずきり、と。
右腕が、灼けるように疼いたのです。
「……っ」
思わず、袖の上から、紋章を押さえました。血の盟約――カイルム様と分け合った、あの呪い。けれど、おかしい。これは、祭壇を解いた反動のはず。今夜、私は、何の祭壇も、解いてはいないのに。
「エルシア!」
異変を察したカイルム様が、すぐさま駆け寄ってきました。彼もまた、自らの胸を押さえています。同じ痛みを、分かち合っているのです。
「お前もか。……なぜだ。解放もしていないのに、なぜ、盟約が疼く」
「分かりません。でも、これは……何か、呼んでいるような」
疼きに導かれるように、私は、窓辺へと歩み寄りました。
月明かりに照らされた、銀世界。しんと静まり返った雪原の、その向こう。
――立っていたのです。
白銀の髪を、夜風になびかせた、ひとりの少年が。背には、淡く光る、氷の羽。掴みどころのないその瞳が、まっすぐに、こちらを見上げていました。
忘れもしません。いつか、精霊の門で出逢った、あの――森の番人。
なぜ、今。なぜ、この北の城に。
疼く右腕を押さえながら、私は、その不思議な来訪者の姿から、目を離すことができませんでした。
箸休め……と見せかけて、不穏と布石がたっぷりの回ですわ。
まずは、子供のミラちゃんの無邪気な憧れ。
「太陽の聖女アウレリア様、すてきだなあ。氷は、ちょっと冷たいから」――
悪気はない。ない、からこそ、怖い。
偽りの光は、剣も囁きもいらず、ただ「温かくて美しい」だけで、北の果ての子の心まで届いてしまう。
これが、エルシア様の戦う相手の、本当の手強さですわね。
それでも、エルシア様の答えはぶれません。
「本物の温かさは、ぱっと見の眩しさじゃない。塩で枯れた畑に、水を届け続けること」。
シエル様とのやりとり、沁みましたわ……。
そして、ラスト。
解放もしていないのに、突然疼く「血の盟約」。
痛みに導かれた窓の外に立っていたのは――白銀の髪の、氷の羽の少年。
そう、精霊の門で出逢った、あの「森の番人」。
なぜ、今、北の城に? 疼く絆と、その来訪に、どんな意味が……?
カイルム様とエルシア様の「呪い」を巡る、もう一つの物語が、いよいよ動き出しますわ。
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次回、第79話「雪原に立つ、白銀の少年」でお会いしましょう。




