第77話:取り戻した信、折れぬ確信
「枯れた村」の真相は、瞬く間に、北の地を駆け巡りました。
塩を撒いて土地を枯らし、よそ者を泣き役に仕立てた――その卑劣な企みが、解放された緑の芽とともに語り継がれるにつれ、人々の心は、再び、ゆっくりと傾いていきました。
城を去りかけていた当主たちが、一人、また一人と、北の門へ戻ってきます。
「聖女殿。……我ら、疑いを抱いた己を、恥じ入るばかりだ」
「あの司教の口車に、危うく乗せられるところでした。どうか、お許しを」
深く頭を下げる彼らを、私は、責めはしませんでした。
「お顔を上げてください。迷うのは、守るべき民がいるからこそ。……戻ってきてくださった、その勇気にこそ、私は感謝します」
「オーッホッホッホ! さあさあ、感動の再会はそのくらいに!」
すかさず割って入ったのは、扇子を高らかに鳴らすロザリア様。
「戻ったからには、もう逃しませんわよ。さあ、皆様、こちらの名簿へお名前を。どの領が、どの祭壇の解放を担うか、きっちり割り振らせていただきますわ。――エルシア様の『輪』は、今日、また一回り大きくなりましたの」
崩れかけた輪が、彼女の手で、見事に編み直されていく。
広間に、再び、温かな活気が戻ってきました。一度は揺らいだからこそ、その絆は、前よりもずっと、強くなっている気がしました。
◇◇◇
けれど、その夜。
私は、執務室で、一枚の地図を前に、眉を寄せていました。
「……勝った気が、しないのです」
「ほう」
暖炉のそばで、カイルム様が、静かに先を促します。
「ガレスは、暴かれても、欠片も動じませんでした。今日の一件など、最初から、捨て駒だったかのように。……あの男は、言いました。『真偽は、誰の目にも明らかな奇跡で決せられる』と」
私は、リオから届いた、あの汚れた手紙を、そっと地図の上に置きました。
「リオさんの便りと、重なります。教会が、近く、偽りの『太陽の聖女』を、民の前にお披露目する。隠し祭壇の生贄魔力で、まやかしの奇跡を起こして。……ガレスがこの北で撒いていた囁きは、その下準備だったのです」
「なるほどな」
カイルム様の瞳が、すっと細くなりました。
「私たちが一つの村を救うたび、奴らは、その十倍の民を、偽りの奇跡で酔わせる。地道な真実と、華やかな嘘。……厄介な戦だ」
「ええ。だからこそ」
私は、顔を上げました。
「その『偽りの奇跡』が、隠し祭壇の生贄で成り立っていることを、暴かなければなりません。種さえ明かせば、まやかしは、ただのまやかしに戻る。……でも、その証拠は、聖都か――きっと、もっと奥に」
「リオが潜った、その先か」
「ええ。今は、リオさんの便りを待ちながら、こちらでできることを。各領に、新たに造られた祭壇の噂がないか、ロザリア様の網で探ります。敵が次の奇跡を起こす前に、その『種』の在処を、掴むのです」
地道で、遠回りで、けれど、それが私たちのやり方でした。
世界を一息に救う奇跡など、私には起こせない。ならば、塩の一粒を見抜いたように。一つずつ、嘘を解いていくだけです。
「……それでこそ、私の聖女だ」
カイルム様が、後ろから、そっと私を抱き寄せました。その腕の温もりに、張り詰めていた肩から、ふっと力が抜けていきます。
「だが、根を詰めすぎるな。今日は、もう休め。……戦は、長い」
「はい。……カイルム様も、一緒に」
窓の外では、雪が、しんしんと降り続いていました。
遥か南の聖都で、偽りの太陽が、今まさに昇ろうとしている。その気配を、私は、確かに感じ取りながら。それでも、今夜だけは、この温もりに、身を委ねたのでした。
信頼回復、そして反撃の方針が固まる回ですわ。
「枯れた村」の真相が広まり、離反しかけた当主たちが続々と帰還。
ロザリア様が、崩れた「輪」を見事に編み直す。一度揺らいだ絆は、前より強くなる――いい展開ですわね。
ですが、エルシア様は浮かれません。
「勝った気がしない」――暴かれても動じないガレスの異常さ、そして「奇跡で決する」の真意。
リオの手紙と重ね合わせ、教会の本当の狙いに辿り着きます。
"地道な真実"と"華やかな嘘"の戦い。これは、これまでにない、しんどい戦いですわ。
そしてエルシア様の答えは、やっぱり、らしい。
「世界を一息に救う奇跡など起こせない。ならば、一つずつ、嘘を解いていくだけ」。
塩の一粒を見抜いた、あの強さの延長線ですわね。
カイルム閣下の「根を詰めすぎるな。戦は、長い」――溺愛と気遣い、ごちそうさまですわ。
次回は、ほんの少し、箸休め。
ですが、その中に、不穏な「憧れ」と、疼く「絆」が……。
もし、二人の覚悟に「いいね!」と思ってくださったなら、
ぜひ【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価で、追い風を贈ってあげてくださいな。
次回、第78話「憧れの光と、疼く絆」でお会いしましょう。




