第76話:暴かれる偽り、氷の証明
ガレスの次の一手は、囁きよりも、ずっと露骨でした。
「聖女が祭壇を壊したせいで、村が枯れた」
そんな訴えが、ソルレイにほど近い、とある小村から上がったのです。司教は、それを大々的に喧伝しました。北の城に残る当主たちを、わざわざその村へと招いて。
「さあ、皆様。ご自分の目で、お確かめなされ。これが、『調和の聖女』の御業の、なれの果てです」
案内された村は、確かに、痛ましい有様でした。
畑の土は乾いてひび割れ、作物は力なく萎れ、井戸の水は濁っている。痩せこけた村人たちが、恨みがましい目で、私を見つめていました。
「聖女様が、来てから……作物が、実らねえんだ」
一人の男が、涙ながらに、当主たちへ訴えました。
「あの祭壇が、村を守ってくれてた。それを、あんたが壊しちまった。……返してくれよ。俺たちの、暮らしを」
当主たちの顔が、見る間に強張っていきます。ロザリア様の集めた「輪」が、今まさに、足元から崩れ落ちようとしていました。
◇◇◇
けれど。
私は、その枯れた畑の前にしゃがみ込んだ時、小さな違和感に、気づいたのです。
土が、おかしい。
乾いてひび割れているのに、その奥から、かすかに――水の気配がする。
「……カイルム様。少し、お借りします」
私は、両手を、ひび割れた大地へとかざしました。
白氷を、攻めの刃としてではなく、母がそうしたように、土を労わるように、そっと注ぎ込んでいきます。冷たい清らかな水が、乾いた土の粒の、一つひとつへ染み渡って。
その時でした。
しゃり、しゃりと。
乾いた土の表面に、白い結晶が、ぷつぷつと浮かび上がってきたのです。霜ではありません。それは――塩。
「……塩、ですわ」
私は、それを指先にすくい、顔を上げました。
「畑に、塩が撒かれています。作物が枯れるのは当たり前。井戸が濁るのも。……でも、土の奥の水脈は、生きています。ソルレイから引いた『調和の泉』の水が、ちゃんと、この村まで届いている」
私が、もう一度、地へ手をかざすと。
塩に覆われ死んだはずの畑の隅に、ひとひら、ふたひら。萌え出ずる緑の芽が、雪解けのように、顔を覗かせました。
「な……っ」
訴えていた男の顔が、蒼白になりました。
「おじさん」
その時、私の傍らから、澄んだ声が響きました。シエルです。
「おじさん、ソルレイの人じゃ、ないよね。わたし、ソルレイの人の顔、ぜんぶ覚えてるもの。一緒に、祭壇から助かったから」
幼い、けれどまっすぐな指摘に。
男の肩が、がくりと落ちました。
「……すまねえ。すまねえ……っ。教会の人が、銭を握らせて、言わなきゃ家族がどうなるか分からねえって……俺は、こんな村の者じゃ、ねえんだ……っ」
崩れ落ちて泣き伏す男を前に、当主たちは、言葉を失っていました。
塩を撒き、よそ者を泣き役に仕立て、枯れた村を「演出」する。――誰が、そんなことをしたのか。答えは、もう、その場の誰の目にも、明らかでした。
◇◇◇
「お見事です、聖女様」
騒然とする村人たちの後ろで、司教ガレスは、相変わらず穏やかに微笑んでいました。崩れるどころか、その表情には、一片の動揺もありません。
「まさか、塩の一粒から、水脈まで見抜かれるとは。……あなたの氷は、真実、人を救う力なのかもしれませんな」
「司教様。あなたが、これを」
「さて。私が指図した証が、どこかにございますかな?」
ガレスは、ゆるりと首を傾げました。その瞳は、暴かれてなお、塵ほども揺らいでいません。
「愚かな男が、欲に駆られて、勝手をしたのでしょう。嘆かわしいことです。……ですが、聖女様。一つの畑の芽吹きで、千年の秩序が覆るとお思いか。今日、ここにいる数十人は、欺けたでしょう。では、大陸の、何百万の民は?」
その言葉に、私は、ぞくりとしました。
この男は、負けたとも、間違ったとも、微塵も思っていない。今日の敗北すら、より大きな盤面の、ほんの一手としか見ていないのです。
「真偽は、いずれ、もっと多くの民の前で――誰の目にも明らかな『奇跡』をもって、決せられましょう。その時を、楽しみにしておいでなさい」
深々と一礼し、ガレスは去っていきました。
勝ったはずなのに。私の胸には、勝利の喜びよりも、その捨て台詞の冷たさだけが、いつまでも、残り続けていました。
反撃開始ですわ――!
ガレスの仕掛けた「枯れた村」の罠。
塩を撒き、よそ者を泣き役に仕立て、解放した土地を「呪われた地」に演出する。卑劣ですわよね。
ですが、エルシア様は土の奥の「水脈」に気づき、白氷で塩を浮かび上がらせる。
そしてシエル様の「この人、ソルレイの人じゃないよ」の一撃! 買収された男は崩れ落ちる――。
力技ではなく、「観察」と「事実」と「氷」で偽りを暴く。痺れる勝利ですわ。
そう、エルシア様の強さは、世界を割ることではなく、塩の一粒から真実を掬い上げること。
このスケール感、大事にしていきたいですわね。
ですが……今回いちばん怖かったのは、暴かれてなお揺らがないガレス。
「一つの畑で、千年の秩序が覆るとお思いか」
「真偽は、誰の目にも明らかな"奇跡"で決せられる」――。
この捨て台詞、何を意味するのか。勘の良い読者様は、もう、お気づきですわね……。
もし、エルシア様の「氷の証明」に「スカッとした!」と思ってくださったなら、
ぜひ【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価で、勝利に喝采を贈ってあげてくださいな。
次回、第77話「取り戻した信、折れぬ確信」でお会いしましょう。




