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氷の追放令嬢、死神辺境伯の熱に溶かされて幸せになります ~捨てられた聖女の調和魔法で、極北の地を宝石の都へ~  作者: 花菱エマ


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第75話:広がる囁きと、聖都からの便り

司教ガレスは、城を出た後も、北の地に留まり続けました。


 近隣の村々を巡り、教会の威光を背に、人々へ「説教」を授けていく。柔らかな声で、慈悲深い顔で。けれど、その口から零れる言葉は、いつも同じ一粒の毒を含んでいました。


「――北の城におわす女人は、まことの聖女か。それとも、神の祭壇を壊して回る、異端の偽聖女か。皆様、ご自分の目で、お確かめなされ」


 答えを言わない。ただ、問いだけを置いていく。

 その問いは、人の心の中で勝手に育ち、やがて「囁き」となって、雪原を渡っていきました。


「なあ、聞いたか。北の聖女様は、本当は――」

「めったなことを言うな。……だが、教会様が、わざわざ司教を寄越すほどだぞ」


 市の井戸端で、酒場の片隅で。

 ソルレイの解放を、あれほど喜んでくれた人々の声にさえ、いつしか、小さな棘が混じり始めていました。


  ◇◇◇


 会議の席は、日に日に、空席が増えていきました。


「申し訳ない、聖女殿。我が領も、いったん、様子を見ようかと……」


 そう言って頭を下げ、城を去っていく当主たち。彼らを責めることは、できません。教会を敵に回せば、領そのものが、異端の烙印を押される。守るべき民がいるからこそ、彼らは、慎重にならざるを得ないのです。


 広間に残された空の椅子を眺めながら、私は、ふと、千年前の幻を思い出していました。

 太陽の焔へと葬られた、もう一人の調和の聖女。彼女もまた――こうして、たった一人になっていったのでしょうか。誰にも信じてもらえぬまま。


「……エルシア」


 低い声に、はっと顔を上げると、カイルム様が、私の手を、両手で包み込んでいました。


「一人で、抱え込むな。約束したはずだ」


「カイルム様……でも、私のせいで、皆さんが」


「違う」


 彼の声には、迷いの欠片もありませんでした。


「君は、誰一人、欺いていない。揺れているのは、人の弱さだ。それを、君が背負う必要はない。……それに、君は一人ではない。見ろ」


 促されて振り返れば。

 扇子を片手に当主たちへの手紙をしたためるロザリア様。避難民の子らに氷の蝶を見せるシエル。城の守りを固める兵たち。解放された民の中にも、なお、私を信じて残ってくれている顔が、確かにありました。


 ああ、そうでした。

 千年前の聖女は、一人でした。けれど、私は――違う。


  ◇◇◇


 その夜のことです。


 一羽の伝書鳩が、雪を払いながら、塔の窓へと舞い込んできました。その脚に結ばれていたのは、何度も折り畳まれ、汗と泥に汚れた、一通の小さな手紙。


 差出人の名を見て、私は息を呑みました。


 ――リオ。


 捕らえたマルファスを伴い、敵の心臓部たる聖都へと、自ら旅立ったあの青年からの、初めての便りでした。


『エルシア様。ご無事を祈っています。聖都に潜り込み、マルファスの証言と、教会の記録を、少しずつ集めています。

 一つ、急ぎお伝えしたいことが。

 枢機卿ヴァレリウス猊下が、近く、ある"聖女"を民の前にお披露目するつもりです。聖都が認めた、まことの「太陽の聖女」だと。

 そして……どうか、信じてください。その方が起こすという"奇跡"には、隠された種があります。教会が、人目を避けて新たに造った祭壇――その生贄の魔力が、使われているのです。』


 手紙を持つ指が、震えました。

 偽りの聖女。隠された祭壇。生贄の魔力で演出される、まやかしの奇跡。


 ガレスが撒いていた囁きの、その先にあるもの。教会の本当の狙いが、今、雪の彼方から、おぼろげに姿を現したのです。


「……カイルム様」


 私は、手紙を胸に抱き、顔を上げました。その瞳には、もう、孤独の影はありませんでした。


「敵の狙いが、見えてきました。……ならば、私たちにも、できることがあります。まずは目の前の、ガレスの撒いた囁きから。一つずつ、解いていきましょう」


 雪は、まだ降り続いています。

 けれど、その白い闇の向こうに、私は確かに、反撃の芽を、見つけ出していました。


ガレスの「囁き」作戦、じわじわと効いてまいりましたわ……。


怒鳴らず、脅さず、ただ「問い」だけを置いていく。

そして人の心の中で、疑念が勝手に育っていく。会議の椅子は、一つ、また一つと空席に。

ソルレイを喜んでくれた人々の声にすら、小さな棘が……。世論戦の、いちばん怖いところですわね。


孤独に沈みかけたエルシア様を救ったのは、やはり、彼女が築いてきた「絆」。

カイルム閣下の「君は一人ではない」、シエル様、ロザリア様……。

千年前の聖女は一人だった。けれど、エルシア様は違う。ここ、グッときましたわ。


そして、ラストの一通の手紙。

聖都に潜入したリオから、ついに第一報ですわ!

「教会が"偽の太陽の聖女"を立てる」「その奇跡は、隠し祭壇の生贄魔力で演出されている」――

第一章で送り出した糸が、ここで効いてくるのです。敵の狙いが、見えた。


溜めの時間は、ここまで。次回からは、エルシア様の反撃が始まりますわ。


もし、反撃の芽に「待ってました!」と思ってくださったなら、

ぜひ【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価で、追い風を贈ってあげてくださいな。


次回、第76話「暴かれる偽り、氷の証明」でお会いしましょう。


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