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氷の追放令嬢、死神辺境伯の熱に溶かされて幸せになります ~捨てられた聖女の調和魔法で、極北の地を宝石の都へ~  作者: 花菱エマ


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第73話:北の城に集う、救いを求める声

ソルレイの春から、ひと月。


 ノースウォール城の大広間は、いつしか、見たこともない賑わいに包まれていました。


 凍てつく辺境の城に、これほど多くの人が集まる日が来るなんて、かつての誰が想像したでしょう。東の麦領から、南の塩湖から、名も知らぬ漁村から。旅装に雪を残した使者たちが、藁にも縋る思いで、次々と北の門を叩いてくるのです。


「聖女様。どうか、どうか我らの村にも……」

「うちの領にも、人の消える祭壇が……息子が、攫われたきり……」


 広間に膝をつき、声を詰まらせる人々。

 私は、その一人ひとりの前に、自分の足で歩み寄りました。玉座から見下ろすのではなく、同じ高さで、その手を取って。


「お顔を上げてください。あなたの声は、確かに、私が聞きました」


 ソルレイで気づいたのです。私が一人で大陸を駆けても、私の足が一つの祭壇を解く間に、十の祭壇が人を喰らってしまう。ならば、私がすべきは、奇跡を配って回ることではない。


 ――皆で、手を取り合う「輪」を作ること。


「カイルム様」


 私は、隣で腕を組む夫を見上げました。彼は、押し寄せる陳情者をひと睨みで黙らせてしまいそうな死神の貌のまま、けれど、その瞳の奥だけは、静かに私を見守っています。


「この城を、ただの辺境の砦ではなく、救いを求める者すべてが集う『会議の地』にしたいのです。許して、くださいますか」


「許すも何も」


 カイルム様は、ふっと口の端を上げました。


「君がそうしたいのなら、私はこの城の門を、世界の果てまで開け放つだけだ。……ただし、君を一人にはさせん。それが条件だ」


 その言葉に、胸の奥が、じんと温かくなりました。


  ◇◇◇


 とはいえ、人が集まれば集まるほど、城は嵐のような忙しさに呑まれていきます。陳情の整理、寝床の手配、各領の事情の聞き取り。私の手は、二本しかありません。


 途方に暮れかけた、その時でした。


「まあまあまあ! なんですの、この有様は。これではまるで、嵐の日の鶏小屋ですわ!」


 甲高い、けれど不思議と場を明るくする声が、広間に響き渡りました。

 扇子をひらりと煽りながら現れたのは――グランベル侯爵家のご令嬢、ロザリア様でした。


「ロザリア様! どうして、ここに」


「あら、氷の女神たる貴女が、大陸中の救いを一身に背負おうとしているのです。このわたくしが、扇子をくわえて見ていられるとお思い? オーッホッホッホ!」


 ロザリア様は、高らかに笑うと、たちまち広間を見回し、てきぱきと指示を飛ばし始めました。どの領の使者を、どの順で、どの部屋へ。誰と誰を引き合わせれば話が早いか。混沌としていた広間が、彼女の扇子の一振りで、見る間に秩序を取り戻していきます。


「社交と根回しなら、戦場の聖女より、わたくしの方が幾分か場数を踏んでおりますの。各領のご当主の気性も、懐事情も、ぜーんぶ、この頭の中。……エルシア様は、安心して『聖女』をなさいませ。退屈な調整事は、わたくしにお任せを」


「ロザリア様……ありがとう、ございます」


 かつて、私を「氷精嬢」と嗤った夜会の令嬢が、今は私の最も頼もしい味方として、隣に立ってくれている。

 遠くまで、来たものです。本当に。


  ◇◇◇


 その日の夕暮れ、私は城の一角を訪れました。

 避難してきた人々のために設けた、小さな広間。そこでは、親とはぐれた子供たちが、身を寄せ合っていました。祭壇の恐怖を見てしまった幼い瞳は、どれも、暗く凍りついています。


 その輪の中心に、ひとりの少女がいました。


「だいじょうぶ。もう、こわくないよ。……ほら、見て」


 シエルが、白銀の指先に、小さな氷の蝶をいくつも生み出しています。きらきらと舞うそれを追って、子供たちの顔に、おずおずと笑みが戻っていきました。


「シエル」


「あ、おねえさま」


 振り返ったシエルの顔は、少し誇らしげでした。


「わたし、この子たちのこと、わかるんです。……閉じ込められて、なにも信じられなくなる気持ち。だから、わたしが、いちばん近くにいてあげたくて」


 救われた側だった妹が、今は、救う側に回っている。

 その横顔を見て、私は確信しました。私たちの「輪」は、剣や氷だけで作るものではない。こうして、一人の凍えた心を、また一人が温める。その連なりこそが、本当の力になるのだと。


  ◇◇◇


 希望が、確かに、北の城に根を張り始めていました。


 けれど――その夜、一通の早馬が、その温もりに、冷たい影を落としたのです。


「聖女様。南より、報せが。……中央教会の使者が、こちらへ向かっております。司教ガレスと名乗る、枢機卿猊下の名代が」


 司教。

 力ずくのマルファスとは、また違う。教会が、組織が、今度は「言葉」を携えて、この城へやって来る。


 窓の外、しんしんと降り積もる雪の向こうに、私はまだ見ぬその影を、確かに感じ取っていました。


第二章「北領会議編」、開幕ですわ……!


ソルレイの春から、ひと月。

エルシア様の「皆で輪を作る」という決意が、いよいよ形になり始めましたわ。大陸中から、救いを求める声が北の城へ。


そして、お待たせいたしました――ロザリア様、本格参戦ですわ!

かつてエルシア様を「氷精嬢」と嗤った令嬢が、今や最強の社交・根回し担当。「退屈な調整事はお任せを」、なんて頼もしいのでしょう。オーッホッホッホ!


シエル様も、救われた子供たちの「心のケア役」として大活躍。

"救われた側が、救う側へ"――この連鎖こそ、エルシア様の作る「輪」の核心ですわね。


ですが、希望の灯がともった矢先。

中央教会の使者・司教ガレスが、北へ。

力押しのマルファスとは違う、「言葉」で攻めてくる新たな影……いよいよ、世論を巡る戦いが始まります。


もし、北の城に集う希望に「いいね!」と思ってくださったなら、

ぜひ【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価で、エルシア様の輪に追い風を贈ってあげてくださいな。


次回、第74話「太陽の使者、司教ガレス」でお会いしましょう。


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