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氷の追放令嬢、死神辺境伯の熱に溶かされて幸せになります ~捨てられた聖女の調和魔法で、極北の地を宝石の都へ~  作者: 花菱エマ


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第70話:解き放たれた春と、確かな決意

朝の光が、ソルレイの地に差し込んでいました。


 昨夜、神罰の光が砕け散った地下の小堂は、もう静まり返っています。

 囚われていた領民たちは、シエルの純氷に魂の残滓を還され、一人残らず家族の元へ帰っていきました。すべてが、ようやく、終わったのです。


「……エルシアさま」


 縄を打たれたマルファスが、地下から引き出されてきました。

 力を封じられ、ただの男に戻った彼は、昨夜の傲慢が嘘のように、青ざめて俯いています。きっと、わかっているのです。失敗した審問官を、教会がどう扱うかを。


「どうせ、聖都に戻れば、私は始末される。お前の慈悲とやらで生かされても、待っているのは、もっと惨めな死だ。……いっそ、ここで殺せ」


「殺しません」


 私は、静かに告げました。


「リオさん。この方を、お願いできますか」


「は、はい……? わたしが、ですか?」


 見習い神官のリオが、目を丸くしました。けれど、私は頷きます。


「あなたは、教会の中にいながら、祭壇の罪に気づいた人。マルファスさんは、その罪を、誰よりも近くで見てきた人。……二人で、教会の本当の姿を、内側から記録してください。彼を裁くのは、私ではありません。彼が薪と呼んだ人々の、その声です」


 マルファスが、はっと顔を上げました。

 信じられないものを見るような目で、私を見つめます。


「……なぜだ。私は、お前を塵にしようとした男だぞ」


「ええ。でも、あなたを塵にしたら、私は、あなたと同じになってしまいますから」


 第一部で、私を屋根裏に捨てた人々の力を剥がしたとき、私は誰の命も奪いませんでした。

 恨みで人を裁けば、いつか自分が、裁いた相手と同じ顔になる。それを、私は知っているのです。


 マルファスは、しばらく黙っていました。

 やがて、その固く閉ざされた目尻から、一筋、雫が伝い落ちました。それが悔悟なのか、ただの戸惑いなのか、私にはまだ、わかりません。けれど、その一滴は、確かに人のものでした。


 リオが、静かにマルファスの隣へ歩み寄り、その縄の端を、そっと握りました。


「……わかりました。この人をお預かりして、わたしが聖都へ連れていきます。教会の本当の姿を、この人の証言ごと、内側から暴いてみせます」


 命がけで雪山を越えて救援に来たあの青年が、今度は、囚われた審問官を伴って、自ら敵の心臓部へと旅立つ。その横顔に、もう迷いはありませんでした。


 ◇◇◇


 その日の午後。

 私は、解放されたばかりの「調和の泉」の前に、一人で立っていました。


 マルファスとの対話で、確かめられたことがあります。

 ソルレイの祭壇は、決して、この領だけの災いではありませんでした。彼の言葉の端々に滲んでいたのです。――聖都は、大陸の各地に、同じ「太陽の祭壇」を敷いている。生贄で繁栄を売り、その見返りに、領主たちを縛り、忠誠を買う。それが、千年続く支配の仕組みなのだと。


「王都も、サバナも、ソルレイも。……みんな、同じ一つの仕組みの、欠片だったのですね」


 水面に映る自分の顔へ、私はそっと呟きました。

 あまりに大きい。一つの泉を取り戻すたびに、その背後で、まだ見ぬ無数の祭壇が、今この瞬間も人を喰らっている。その途方もなさに、足がすくみそうになります。


「一人で、抱え込むな」


 いつの間にか、カイルム様が隣に立っていました。

 その手が、泉に映る私の影ごと、私の肩を抱き寄せます。


「君の見ているものが、どれほど広いか。私にも、ようやく見えてきた。……だが、それを背負うのは、君一人ではない。私も、シエルも、リオも、解放された者たちも、いる」


「カイルム様……」


「それに、忘れるな。一つ祭壇を解くたび、私たちの血の盟約も疼く。あの呪いの代償も――二人で、半分こだ」


 ずきり、と。

 昨夜の戦いの反動でしょう。私の右腕の紋章が、鈍く熱を持っています。きっと、彼の身も、同じように。


 各地の祭壇を解くほど、世界に調和は戻る。

 けれど、その度に、私とカイルム様を蝕む呪いは、少しずつ深くなっていく。それが、この旅の、隠された代償なのです。


「……怖くは、ありませんわ」


 私は、彼の胸に、こつんと額を預けました。


「だって、痛みも、半分こなのでしょう? なら、いくらでも背負えます。あなたとなら」


「ああ。……二人なら、世界の果ての祭壇だろうと、解いてみせるさ」


 泉の水面に、二つの影が、寄り添って揺れていました。

 その縁に、私たちの誓いを祝うように、ひとひらの霜の花が、ふわりと咲きました。


 ◇◇◇


 ノースウォールへ帰る馬車の中で、シエルが私の膝で、すうすうと眠っていました。

 昨夜の戦いで、よほど力を使い果たしたのでしょう。その寝顔は、まだあどけない。けれど、確かに、誰かを「救う側」に回った者の、誇らしさを帯びていました。


「いつか、全部」


 窓の外を流れる、解放されたソルレイの緑を眺めながら、私は静かに口にしました。


「いつか、大陸の祭壇を、全部、生贄なき調和へ解き放ちます。誰かの命の上に、誰かの春が咲く――そんな世界を、終わらせる。それが、第二部……いいえ、これからの、私の戦いです」


 膝の上で、シエルが小さく寝返りを打ちました。

 その小さな手を、私はそっと握り返します。


 始まりは、すぐ隣の領でした。

 けれど、終わりは、まだ、見えないほど遠い。

 それでも――私の隣には、漆黒の熱があり、膝には、純氷の妹がいる。

 ならば、進めます。どこまでも。


ソルレイ編、完全決着ですわ!


捕らえたマルファスを殺さず、リオに託すエルシア様。

「あなたを塵にしたら、私が、あなたと同じになってしまう」――

命を奪わない、第一部から続く"成熟した断罪"。痺れますわね。


そして、彼女が確証したこと。

ソルレイの祭壇は、王都・サバナと同じ、聖都の「千年の支配の仕組み」の一片だった。

「いつか、全部、生贄なき調和へ解き放つ」――第二部の大目標が、改めて掲げられました。


その裏で、静かに進む「軸B」。

祭壇を一つ解くたびに、エルシア様とカイルム閣下の「血の盟約」の呪いが疼く。

痛みも、代償も、二人で半分こ。……甘く、そして切ない覚悟ですわね。


もし、エルシア様の慈悲と決意に「最高!」と思ってくださったなら、

ぜひ【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価で、二人の覚悟に追い風を贈ってあげてくださいな。


次回、第71話「雪解けの拠点。あなたと二人で背負う、この温度」でお会いしましょう。


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