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氷の追放令嬢、死神辺境伯の熱に溶かされて幸せになります ~捨てられた聖女の調和魔法で、極北の地を宝石の都へ~  作者: 花菱エマ


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第69話:氷狼と純氷、姉妹の咆哮。神罰の光を断つ三つの絆

小祭壇の上に、白い光が膨れ上がっていきました。


 異端審問官マルファス。私たちが解放したソルレイの地に居座り、領民を盾に取り、最後の切り札として禁じられた術を選んだ男。

 その掲げた太陽の杖の先で、いま、目を灼くような光球が脈打っています。


「これが、聖都に伝わる秘奥――禁術『神罰の光』。異端を、塵一つ残さず焼き払う神の裁きだ」


 マルファスの蒼白い頬が、恍惚に歪みました。

 光球から放たれる熱は、地下の祭壇とはまるで質が違う。あれは、生贄から搾った魔力を一息に解き放つ、いわば命を束ねて燃やす業火です。


「シエル、領民を下がらせて!」


「は、はい……! でも、おねえさま――」


「いいから、早く!」


 幼い妹が、震える領民たちを純氷の壁の内へとかばっていきます。

 その背を確かめてから、私は前へ出ました。


「マルファスさん。あなたは、自分が今、何を燃やそうとしているか、わかっていますか。……その光の中には、ソルレイで奉納された人々の、消えた命が混じっています」


「ふん。異端を焼く薪に、ちょうどよかろう」


 迷いの欠片もない声でした。

 人を薪と呼ぶ。その一言が、私の奥の、しんと静まった芯に、冷たい炎を灯しました。


「――撃て」


 マルファスの号令と共に、神罰の光が、白い奔流となって私たちへ殺到しました。


 ◇◇◇


「エルシア。前は、私が持つ」


 その瞬間、私の前に立ちはだかったのは、漆黒のマントでした。

 カイルム様。その背から、夜よりも昏い熱の魔気が、轟と立ちのぼります。氷狼――彼の魂に棲む獣が、低く唸りを上げました。


「君を捨てた世界を後悔させると、私は誓った。……その世界が、よりにもよって、また君に牙を剥くとはな」


 漆黒の熱が、白い奔流と正面からぶつかりました。

 じゅう、と大気が悲鳴を上げます。神罰の光は神聖の白、氷狼の業は冥府の黒。相反する二つの炎が拮抗し、地下の小堂が軋みを立てて震えました。


「く……っ。死神辺境伯、貴様の魔力、化け物か……!」


「だが、押し負けはしないぞ。たった一人ではな」


 カイルム様の声に応えるように、私はその隣へ並び立ちました。

 彼の背を守る盾ではなく、共に断つ刃として。


「カイルム様の熱は、断つための炎。なら、私の氷は、解くための水です。……一緒なら、燃やさずに、鎮められる」


 私は両手を、白い奔流へとかざしました。

 奪うのでも、撃ち返すのでもなく。固く張り詰めた光の理を、一筋ずつ解きほぐすように。私の白氷が、神罰の熱の縁から、しずかに温度を奪っていきます。


「おねえさま! わたしも――!」


 純氷の壁を張り終えたシエルが、駆け戻ってきました。

 白銀の髪を振り乱し、まっすぐな瞳に涙をいっぱいに溜めて。


「あの光に閉じ込められた人たちを……わたしが、還します! だって、わたしも、閉じ込められてた側だから!」


 姉妹で繋いだ手から、二色の冷気が立ちのぼります。

 カイルム様の漆黒が神罰の勢いを断ち、私の白氷がその熱を解き、そしてシエルの純氷が――光の奥に囚われていた、奉納者たちの魂の残滓を、優しく掬い上げていく。


 三つの力が、一つの咆哮となって響きました。


 白い奔流が、ぴしり、と中心から凍りつきます。

 そして、霜の砕けるような澄んだ音と共に、神罰の光は、無数のきらめく氷の粒となって、はらはらと地に零れ落ちていきました。命を燃やすことを、永遠に止められて。


「な……馬鹿な……っ。神の裁きが、たかが三人の異端に……!」


 杖を取り落としたマルファスへ、私はゆっくりと歩み寄りました。

 彼の足を、カイルム様の漆黒の氷がすでに搦め捕っています。逃げ場は、ありません。


「あなたの負けです、マルファスさん。……でも、命は奪いません。私たちは、人を薪とは呼びませんから」


 私は、彼の杖に残る魔力を、白氷でそっと封じました。

 炎を奪い、けれど、息は残して。第一部で、罪人の力だけを剥がし、命は断たなかった、あの日と同じように。


 ◇◇◇


 力を封じられ、床に膝をついたマルファスは、しかし、勝ち誇ったように嗤いました。


「……いいだろう。私は捕らえられた。だが、聞け、異端の女。なぜ教会が、わざわざ私のような審問官を、北の果てまで遣わしたと思う」


 その昏い目が、私を射抜きました。


「お前は、ただの異端ではない。お前は――千年前、教会が『調和の聖女』と呼んで葬った、あの女の、再来なのだ」


 千年前。

 その言葉に、私の胸の奥で、いつか祭壇跡の氷の破片に見た、ぼやけた幻が疼きました。


「聖王猊下は、こう仰せだ。『調和の聖女は、生贄なき世を説き、祭壇の理を解く異端。千年前に一度、根絶やしにしたはずの災い。決して、二度目を許すな』と。……お前の存在そのものが、聖都にとっての禁忌なのだよ」


「祭壇を……解くことが、罪……?」


「そうとも。生贄で世界を回すのが、聖王猊下のお定めになった『正しい秩序』。それを覆す者は、たとえどれほど人を救おうと、異端だ。――枢機卿猊下が、じきにお前を見つける。あの方は、私のような力押しはなさらぬぞ」


 マルファスの声に、初めて、純粋な怯えが滲みました。自分の主に対する。


「お前たちは、聖都の本当の恐ろしさを、まだ何も知らない」


 地下の小堂に、彼の嗤い声が、長く木霊しました。

 窓のない闇の奥で、私の手の中の白氷だけが、凛と、静かに光っていました。


ソルレイ編のクライマックス、対マルファス戦ですわ!


禁術「神罰の光」を、エルシア様の「解く氷」、カイルム閣下の「断つ熱(氷狼)」、

そしてシエルの「還す純氷」――三人の力を合わせて鎮める。

一人では押し負ける敵を、家族三人の絆で越える展開、痺れていただけたでしょうか。


そして、命を奪わず力だけを封じる断罪。これぞ、第一部から続くエルシア様の流儀ですわね。


マルファスの口から語られた、聖王の真意。

「調和の聖女=千年前に教会が葬った異端の再来。根絶せよ」――

エルシア様の"存在そのもの"が、聖都にとっての禁忌だったのです。


そして、力押しのマルファスの上に控える「枢機卿」。

「聖都の本当の恐ろしさを、まだ何も知らない」――この一言、不穏ですわね……。


もし、姉妹と死神の咆哮に「最高!」と思ってくださったなら、

ぜひ【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価で、三人に祝福を贈ってあげてくださいな。


次回、第70話「解き放たれた春と、確かな決意」でお会いしましょう。


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