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氷の追放令嬢、死神辺境伯の熱に溶かされて幸せになります ~捨てられた聖女の調和魔法で、極北の地を宝石の都へ~  作者: 花菱エマ


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第66話:凱旋のノースウォールと、届きはじめた声

ソルレイ領に本物の春を残して、私たちはノースウォールへ帰還しました。


 久しぶりに見上げた我が城は、相変わらず、私の氷とカイルム様の熱が織りなす、穏やかな雪解けの気配に満ちています。

 けれど、城の様子は、出発前とは少しだけ、違っていました。


「お帰りなさいませ、エルシア様! ……それが、その、大変なことになっておりまして」


 出迎えてくれた侍女のセフィが、両手いっぱいの書簡の束を抱えて、困り顔をしていたのです。


「これは……手紙? こんなにたくさん」


「はい。エルシア様がソルレイの祭壇を解いたという噂が、もう近隣の領まで広がっておりまして。……どの領からも、同じ訴えが」


 私は、束の一通を手に取り、封を切りました。

 そこに綴られていたのは、震えるような筆跡の、悲痛な訴えでした。


『調和の聖女様。どうか、我が領をお救いください。実は、我が領の地下にも、古くから「神聖な泉」と呼ばれる場所があり……毎年、若者が一人、「お役目」として、そこへ』


 次の一通も。その次の一通も。

 言葉は違えど、訴えは、すべて同じでした。「うちにも、祭壇がある」「人が、消えていく」「助けてほしい」と。


「……やはり」


 私は、書簡の束を、ぎゅっと胸に抱きしめました。

 王都。サバナ。ソルレイ。それは、決して、たまたま見つかった三つの不幸などではなかった。


「カイルム様。これは、教会が……各地に、当たり前のように、祭壇を敷いているということですわ」


「ああ」


 カイルム様は、地図を広げ、訴えのあった領を、一つ、また一つと、指でなぞっていきました。

 大陸のあちこちに、点が灯っていきます。まるで、見えない網の目のように。


「『太陽の恵み』の名のもとに、生贄で繁栄を売る祭壇。……それが、これほど、広く根を張っていたとはな。リオの言っていた『千年の支配』は、誇張ではなかったということだ」


 私が確かめたかった、けれど、確かめるのが恐ろしかった真実。

 それが今、この手紙の束となって、私の腕の中にあるのです。


「……一つの祭壇を解いたら、十の祭壇が、助けを求めてきた」


 私は、深く息を吸いました。けれど、不思議と、絶望はありませんでした。


「ならば、その十を解けば、百の声が届くのでしょう。……いいえ。その声が届くということ自体が、希望ですわ。誰も助けてくれないと諦めていた人たちが、『助けて』と言える相手が、できたのですから」


 ◇◇◇


 その日の午後。

 私は、近隣のグランベル侯爵領から訪れた使者と、応接の間で言葉を交わしていました。


「調和の聖女様。我が領は、まだ祭壇の被害はございませんが……万一の時は、どうかお力添えを。そして、ソルレイ解放の英雄譚、この目で見られたことを、生涯の誇りといたします」


 初老の使者は、感極まった様子で、私の手を取らんばかりに、深々と頭を下げました。


「もったいないお言葉です。私は、ただ、できることをしたまでで……」


「いいえ。あなた様は、この大陸の、希望そのものでございます。どうか、これからも――」


「――話は、それくらいにしてもらおうか」


 ひやり、と。

 応接の間の空気が、数度、冷え込みました。

 いつの間にか扉のそばに立っていたカイルム様が、低い声で、そう告げたのです。


「我が妻は、長旅で疲れている。礼を述べたいなら、書状で十分だ」


「は、はっ、これは失礼を……!」


 使者が慌てて退出していくと、私は、思わず苦笑しました。


「カイルム様。……また、ですか?」


「何の話だ」


「とぼけても、わかりますわ。あの方は、ただ、お礼を言いたかっただけです」


 私が見上げると、カイルム様は、ばつが悪そうに視線を逸らし、それから、ため息をついて、私の腰をそっと引き寄せました。


「……仕方がないだろう。君が誰かに礼を言われるたび、その者の瞳に、君への憧れが宿る。それが、面白くない」


「まあ」


「君は、もっと自分の価値を知るべきだ。……君に救われた者は、皆、君に焦がれる。私は、二十数年、誰も近づけなかった氷の死神だぞ。その私が、君を取られはしないかと、毎日、気が気でない」


 火傷しそうなほど真剣な声で、そんなことを言うのです。

 大陸を救う英雄が、実の妹にすら妬く夫に、こんなにも一途に愛されている。――その事実が、私の胸を、じんわりと甘く満たしました。


「……ふふ。大丈夫ですわ、カイルム様。私が焦がれるのは、世界でただ一人。あなただけ、ですもの」


 その言葉に、カイルム様の耳が、ほんの少しだけ、赤く染まったのを、私は見逃しませんでした。


 ◇◇◇


 夜。私室の窓辺で、シエルが、届いた書簡を一通ずつ、丁寧に整理してくれていました。


「おねえさま。わたし、ソルレイで、ちゃんと人を助けられましたよね」


 ふと、シエルが、はにかむように顔を上げました。


「ええ。シエルの純氷がなければ、あの領民の方々は、還ってこられなかった。立派な、お手柄よ」


「……えへへ。わたし、ずっと、助けてもらうばっかりだったから。誰かを助けられたの、生まれて初めてで。……すごく、嬉しかったんです」


 砂漠の地下牢で「氷の電池」にされていた、あの怯えた妹は、もう、どこにもいませんでした。

 自分の力で、誰かを救えると知った少女の瞳は、まっすぐで、強い。私は、そんな妹が、誇らしくてなりませんでした。


「これからも、たくさんの人が、シエルの力を必要とするわ。……一緒に、行ってくれる?」


「はい! どこまでも、おねえさまと一緒です!」


 私たちは、顔を見合わせて、笑いました。

 窓の外には、北領の穏やかな夜空が広がっています。けれど、その同じ空の下で、今も誰かが、祭壇に怯えている。


 その時でした。


 城の警鐘が、再び、けたたましく鳴り響いたのです。

 けれど、それは、救援を求める者の音ではありませんでした。兵士の一人が、血相を変えて、私室へ駆け込んできます。


「エ、エルシア様! 領境に……教会の、『使い』を名乗る者が……!」


 胸の奥が、しんと冷えました。

 助けを求める声が届くたびに、解放の手が伸びるたびに――その分だけ、巨大な影もまた、こちらへと、手を伸ばしてくる。


 ついに、向こうから、来たのです。


ソルレイから凱旋したエルシア様。けれど、待っていたのは、山のような救援の手紙でした。


「うちにも祭壇が」「助けてほしい」――近隣の領から届きはじめた、悲痛な声。

これは、教会が各地に当たり前のように祭壇を敷いているという、何よりの証拠ですわ。

一つ解けば十の声が届く。けれど、その声が届くこと自体が希望なのだという、エルシア様の強さ……。


そして今回の砂糖は、もちろんカイルム閣下の嫉妬!

他領の使者に礼を言われるエルシア様に、「面白くない」とむくれる死神閣下。

大陸を救う英雄に、こんなにも一途な夫……ごちそうさまですわ。


成長したシエルの「わたしも人を助けられた」という一言にも、ぐっときますわね。

救われた側だった少女が、救う側になる。これぞ第二部の見どころです。


……ですが、平和な夜は、長くは続きません。

ついに、教会の「使い」が、領境に。向こうから、組織として動き出しました。


もし、続きが気になる!と思ってくださったなら、

ぜひ【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価で、エルシア様に勇気を贈ってあげてくださいな。


次回、第67話「太陽の審問官」でお会いしましょう。


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