第63話:氷よ、祭壇を喰らえ。生贄なき春の奇跡
館の中庭。その井戸に偽装された隠し階段を、私たちは静かに降りていきました。
地下へ続く闇は、不快なほど生暖かく、息が詰まるようでした。
壁を伝うのは、王都で嗅いだあの匂い――命を燃やす、生贄の熱。
「……ここが、ソルレイの心臓部か」
最奥の広間に出た瞬間、カイルム様が低く唸りました。
そこにあったのは、黄金に輝く、小さな太陽の祭壇。
王都の「大太陽の核」を、そのまま縮めたような造形。けれど、その美しい光の中心には――水晶の柱に閉じ込められた、痩せ細った人影がいくつも、浮かんでいたのです。
「……これが、消えた領民たち」
奉納された人々は、死んでいるのではありませんでした。
生かされたまま、魔力だけを永遠に搾り取られ続けている。意識のない顔に、薄く涙の痕だけが残っています。
「ひどい……。こんなの、あんまりです……っ」
シエルが両手で口を覆い、ぼろぼろと涙をこぼしました。
かつて砂漠の地下で「氷の電池」にされていた妹には、この光景が、他人事ではないのです。
「これはこれは。せっかくの祭壇に、ようこそ。聖女様」
広間の奥から、ねっとりとした声が響きました。
ドレイク・ソルレイ子爵。数人の私兵と、太陽の杖を掲げた神官を従えて、勝ち誇った顔で立っています。
「お気づきになられましたか。ええ、これが我がソルレイの繁栄の源。……何、たかが年に十二人。領全体が飢えずに済むのです。これは『必要な犠牲』というものですよ」
「必要な、犠牲」
私は、静かに繰り返しました。
「……あなたは、その十二人の中に、自分の名が入る覚悟があって、そう言っているのですか?」
子爵の笑みが、固まりました。
「ないのでしょう。自分は安全な場所にいて、弱い者を『必要な犠牲』と呼ぶ。……王都の人たちも、同じ顔をしていました。私を『不浄』と呼んで、屋根裏に捨てた時に」
私は一歩、祭壇へと踏み出しました。
「もう、たくさん。――この祭壇は、今日で終わりです」
「おのれ、異端の魔女が……! やれ、聖女を捕らえろ! 神聖な祭壇を穢させるな!」
子爵が喚き、神官が太陽の杖を構えました。私兵が剣を抜き、殺到してきます。
「――触れさせると思うか」
その瞬間、広間の温度が、奈落の底まで落ちました。
カイルム様の漆黒の魔気が渦を巻き、私兵たちの足を、瞬く間に氷漬けにしていきます。
「私の妻が祈っている。……貴様らは、そこで凍ったまま見ていろ。本物の『調和』というものをな」
カイルム様が、背中で私を守ってくれている。
その熱を感じながら、私は祭壇に両手をかざしました。
「シエル。手を貸してくれる?」
「……はい、おねえさま!」
姉妹で繋いだ手から、二色の氷の光が溢れ出します。
私の「調和の白氷」が、奪う祭壇の理を解きほぐし。
シエルの「純氷」が、囚われた人々の魔力を、優しく彼らの元へ還していく。
けれど、それは派手な閃光ではありませんでした。
まるで、固く凍てついた大地に、春の雪解け水がゆっくりと染み込んでいくように。
黄金の祭壇の熱が、一滴ずつ、清らかな冷気へとほどけていきます。
「……あ。……あたたかい……」
水晶の柱が、静かに溶けました。
囚われていた領民たちが、一人、また一人と、私とシエルの腕の中に、そっと降りてきます。意識を取り戻した彼らの頬に、今度はあたたかな涙が伝いました。
祭壇は、もう人を喰らいません。
その中心には、奪うのではなく巡らせる、小さな「調和の泉」が残されました。
「ば、馬鹿な……っ。生贄なしで、土地に魔力を……そんなこと、できるはずが……!」
「できますわ」
私は、腕の中の幼い少女を抱きしめたまま、ドレイク子爵を振り返りました。
「奪うのではなく、分け合う。それが、本当の豊かさです。……あなたが、ずっと目を逸らしてきたものですよ」
地下広間に、囚われていた人々のすすり泣きと、そして、かすかな春の風の匂いが満ちていきました。
第二部、最初の山場――祭壇との対決ですわ!
「たかが年に十二人。必要な犠牲だ」と言い放つドレイク子爵に、
「その中に自分の名が入る覚悟はあるのか」と返すエルシア様。
痛みを知る者だからこそ言える、この一言……痺れますわね。
そして、姉妹で繋いだ手による「生贄なき祭壇の解放」。
派手な無双ではなく、雪解けのように静かな奇跡として描いてみました。
救われた領民の「あたたかい」という一言に、私も涙してしまいましたわ。
ですが、自らの繁栄の源を壊された子爵が、このまま黙っているはずもなく……。
そして、この「祭壇の解放」は、より大きな影の耳にも、必ず届きます。
もし、エルシア様とシエルの奇跡に「最高!」と思ってくださったなら、
ぜひ【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価で、姉妹に祝福を贈ってあげてくださいな。
次回、第64話「断罪。教会に切り捨てられる偽りの領主」でお会いしましょう。




