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氷の追放令嬢、死神辺境伯の熱に溶かされて幸せになります ~捨てられた聖女の調和魔法で、極北の地を宝石の都へ~  作者: 花菱エマ


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第62話:枯れない繁栄の嘘。ソルレイ領に潜む影

ノースウォールから馬車で二日。

 ソルレイ子爵領は、隣領とは思えないほど、暖かな陽光に満ちていました。


「……変ですわ」


 馬車の窓から外を眺めて、私は思わず眉を寄せました。

 季節はまだ早春。なのに、ソルレイ領の畑は黄金色の麦が実り、街路には花が咲き乱れています。一見すれば、豊かな楽園。


「おねえさま、すごい……。こんなにあったかいのに、どうして」


 シエルが目を丸くしました。けれど、その純氷の力を持つ妹は、すぐに小さく身を震わせたのです。


「……でも、なんだか、さむい。土の下が、泣いてるみたい」


 シエルの言葉に、私は確信しました。

 この不自然な繁栄は、自然のものではない。何か大きな力で、無理やり「春」を買っている。――王都の人工太陽が、そうであったように。


「カイルム様。地脈の魔力が、一点に吸い寄せられています。領の、中央の方へ」


「ああ。豊かな実りの裏で、土地そのものが少しずつ死んでいる。……砂漠の祭壇と同じ匂いだ」


 カイルム様の瞳が、静かに細められました。

 馬車に同乗した見習い神官のリオが、青ざめた顔で俯きます。


「……その通りです。ソルレイの繁栄は、すべて地下の『太陽の祭壇』が生み出したもの。けれど、祭壇は、捧げられた魔力をすぐに食い尽くしてしまう。だから……月に一度、新しい『奉納者』が要るのです」


 馬車が、領主の館へと近づいていきます。

 白亜の豪奢な館。その門の前で、私たちを出迎えたのは――。


「これはこれは! 名高き『調和の聖女』様が、わざわざ我が領へ! 光栄の至りでございます!」


 でっぷりと肥えた、金糸の衣を纏った男でした。

 ソルレイ領主、ドレイク・ソルレイ子爵。その指には、領の富を物語る宝石が、これ見よがしに輝いています。


「ようこそ、ソルレイへ。何もない田舎ですが、せめてものおもてなしを。……おや、そちらの可愛らしいお嬢さんも? ふむ、実に良い魔力をお持ちだ」


 子爵の視線が、ねっとりとシエルに絡みつきました。

 まるで、品定めをするかのような目。

 その瞬間、私の隣で、空気が数度、凍りつきました。


「――おい」


 カイルム様が、一歩前に出ました。

 ただ一言。けれど、その声に込められた死神の威圧に、子爵の額から汗が噴き出します。


「私の妻と、その妹を、二度とその濁った目で見るな。次は、その目玉ごと凍らせる」


「ひっ……め、滅相もございません! 死神辺境伯閣下とは知らず、ご無礼を……!」


 子爵は揉み手をしながら、何度も頭を下げました。

 けれど、その下げた顔の奥で、舌打ちするような昏い光が一瞬よぎったのを、私は見逃しませんでした。


 ◇◇◇


 その夜。

 豪華な晩餐の席は、しかし、どこか空虚でした。


 給仕をする使用人たちの顔には生気がなく、私たちと目を合わせようとしません。

 窓の外、繁栄した街並みの灯りは美しい。けれど、その灯りの一つひとつの奥に、息を潜めるような怯えが滲んでいるのです。


「……聖女様」


 夜更け、私の部屋の扉を、リオがそっと叩きました。その隣には、痩せた老婆と、まだ幼い少女が震えて立っています。


「この方たちは、来月の『奉納者』に選ばれてしまった親子です。……どうか、話を聞いてあげてください」


「お願いします、聖女様……。この子だけは、この子だけは、連れて行かないで……」


 老婆が、私の足元に縋りつきました。

 その皺だらけの手は、かつて――王都の屋根裏で、誰にも縋れずに自分の冷たい指を握りしめていた、あの頃の私の手と、重なって見えました。


 胸の奥が、しんと冷たく、燃えました。


「……大丈夫よ」


 私は、震える少女の前に膝をつき、その小さな手を握りました。


「もう、怖がらなくていいの。あなたを、あの祭壇には捧げさせない。――必ず」


 その時、握った少女の手から、微かな魔力の残滓が伝わってきました。

 それは、祭壇に「適性あり」と刻まれた者だけが帯びる、不吉な印。

 ……この子も、私と同じだったのです。


「カイルム様。シエル。……決めました。明日の夜、祭壇へ向かいます」


 私は立ち上がり、窓の外――館の中庭の、不自然に盛り上がった地面を見据えました。

 あの下に、ソルレイの嘘が、人を喰らう「小さな太陽」が、眠っている。


「リオさん。祭壇への入り口を、教えてください。……この領の、本当の春を、取り戻しに行きましょう」


 窓硝子に、私の決意に応えるように、鋭い霜の刃が、すうっと一筋走りました。


舞台はソルレイ子爵領へ。

一見豊かな楽園……その繁栄が「生贄」で買われたものだという、おぞましい真実。


ねっとりとシエルを品定めするドレイク子爵に、

カイルム閣下が即座に「目玉ごと凍らせる」と凄むシーン、

皆様、スカッとしてくださったでしょうか。やはり我らが死神閣下は頼もしいですわね。


そして、奉納者に選ばれた親子の姿に、かつての自分を重ねるエルシア様。

彼女の優しさと強さは、痛みを知っているからこそのもの。


次回、いよいよ祭壇との対決。

「もう、誰も生贄にはさせない」――その約束が、果たされる時です。


もし、続きが気になる!と思ってくださったなら、

ぜひ【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価で、エルシア様に勇気を贈ってあげてくださいな。


次回、第63話「氷よ、祭壇を喰らえ。生贄なき春の奇跡」でお会いしましょう。

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