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氷の追放令嬢、死神辺境伯の熱に溶かされて幸せになります ~捨てられた聖女の調和魔法で、極北の地を宝石の都へ~  作者: 花菱エマ


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第61話:幸せな春に届いた、命がけの救援。もう、誰も生贄にはさせない

第二部第一章「雪解けの内政編」開幕。

「不浄」と捨てられた令嬢は、最高の愛と居場所を手に入れました。

けれど、彼女が「調和の聖女」として目覚めたことは、世界の影をも目覚めさせてしまった。

王都の太陽は、終わりではなかったのです。

調和の聖女エルシアと、死神辺境伯カイルムの、新たな物語が始まります。

幸せは、終わりではなく、始まりでした。


 ノースウォールに春が訪れて、ひと月。

 かつて極寒の死地と恐れられたこの北の地は、今や、私の氷とカイルム様の熱が織りなす「奇跡の春」に包まれています。


「おねえさま、見て! わたしの氷で、こんなに大きな花が咲いたんです!」


 中庭で、妹のシエルが瑠璃色の花畑を指して、白銀の髪を弾ませました。

 砂漠の地下牢で「氷の電池」として囚われていたあの子は、今、こんなにも無邪気に笑っています。その笑顔を見るたび、私の胸はあたたかな幸福で満たされるのです。


「ええ、本当に綺麗。シエルの純氷は、命を育てるのが得意なのね」


「……エルシア。また、私以外のものに見惚れているな」


 背後から、火傷しそうなほど愛おしい腕が、私の腰を抱きすくめました。

 カイルム様です。氷狼のマントを翻したその姿は、領主としての威厳と、私にだけ向けられる甘さを同時に纏っています。


「まあ、カイルム様ったら。実の妹に妬くのは、もうおやめになって?」


「無理だな。君の瞳に映るものすべてに嫉妬する。……それが、私という男だ」


 右腕に刻まれた『血の盟約』の紋章を通じて、彼の壊れんばかりの愛が、心地よい熱となって流れ込んできます。

 ――もっとも。この紋章が、まだ「鎮めただけ」で消えていないことを、私たちは互いに口にしないようにしていました。彼の身を内側から焼く呪いの根を断つ術を、私はまだ、知らないのです。


 けれど、今はこの春を信じていたい。

 そう思った、その時でした。


 ガランガラン――と、城の門で警鐘が鳴り響いたのです。


 ◇◇◇


「……聖女様。どうか、どうかお力を……!」


 兵に支えられて謁見の間に運び込まれてきたのは、半ば凍りかけた、一人の青年でした。

 粗末な神官服。けれど、その胸には見覚えのある紋章――「太陽と天秤」。中央教会のものです。

 カイルム様の瞳が、瞬時に剣のような冷たさを帯びました。


「教会の犬が、何の用だ」


「ち、違います……! わたしは、リオ。ソルレイ子爵領の、ただの見習い神官です。……教会に背いて、ここまで……」


 リオと名乗った青年は、凍えた指で必死に床を掴み、血を吐くように訴えました。


「ソルレイ領は、豊かな『太陽の恵み』の地と呼ばれています。……でも、嘘なんです。あの繁栄は……領民を、生贄にして買ったものなんです……!」


 生贄。

 その言葉に、私の背筋が凍りつきました。

 王都の人工太陽。サバナの氷の電池。そして――母様が私を守るために命を懸けた、あの「祭壇」。


「……ソルレイ領にも、祭壇があるというの?」


「はい……。領の地下に、小さな『太陽の祭壇』が。月に一度、『神に選ばれた』という名目で、領民が一人、奉納者として連れて行かれます。……二度と、戻ってきません。わたしの幼馴染も、先月……っ」


 リオの目から、凍った涙が零れ落ちました。

 彼は、教会の末端にいながら、その罪に気づいてしまったのです。そして、たった一人で、雪山を越えてここまで来た。「調和の聖女なら、祭壇を止められるかもしれない」――その細い希望だけを頼りに。


「カイルム様……」


 私は、隣に立つ夫を見上げました。

 彼は、私が何を言うかなど、とうにわかっているという顔をしていました。


「……行くのだろう。君は、そういう人だ」


「はい。……ごめんなさい、せっかくの春なのに」


「謝るな。君が誰かを見捨てて笑える女なら、私は君をこれほど愛してはいない」


 カイルム様は、私の頬にそっと手を添えました。

 その瞳には、呆れと、誇らしさと、そして隠しきれない愛おしさが滲んでいます。


 私は、リオの前に膝をつき、その凍えた手を、私の両手で包み込みました。

 かつて、カイルム様が私にそうしてくれたように。


「……顔を上げてください、リオさん。よく、一人で来てくれましたね」


 私の指先から流れ出した白氷の魔力が、彼の凍えた身体を、優しく溶かしていきます。


「もう、大丈夫。――私が、約束します。もう二度と、誰一人、あの祭壇には捧げさせません。それが、私がこの力をいただいた、本当の意味だと思うから」


 謁見の間に、しんとした静寂が満ちました。

 やがて、リオの瞳から、今度はあたたかな涙が溢れ出しました。


「おねえさま」


 いつの間にか、シエルが私の隣に立っていました。

 あの砂漠の地下牢で、囚われていた自分を救われた妹は、まっすぐな瞳で私を見上げます。


「わたしも、行きます。……だって、わたしも、助けてもらった側だから。今度は、わたしが助ける番です」


 その言葉に、私はそっと微笑んで頷きました。


 窓の外には、私たちが育てた春の花が咲き誇っています。

 けれど、すぐ隣の地では、今この瞬間も、誰かが「神への奉納」という名の地獄に怯えている。


 王都の太陽は、終わりではなかった。

 それは、大陸の各地に根を張る、もっと大きな影の――ほんの、始まりに過ぎなかったのです。


「行きましょう、カイルム様、シエル。……ソルレイ領へ」


 私の声に応えるように、城の窓硝子に、凛と澄んだ霜の花が、一斉に咲きました。

 第二の物語の、幕開けの音でした。


お待たせいたしました――そして、おかえりなさいませ。

『氷の追放令嬢』、ここより第二部「雪解けの内政編」の開幕ですわ。


第一部で最高の春を掴んだエルシア様とカイルム閣下。

ですが、彼女が「調和の聖女」として輝けば輝くほど、

大陸の各地に隠された「太陽の祭壇」――生贄で繁栄を買う、中央教会の闇――が姿を現します。


第一部から見守ってくださった皆様、そして「完結」から続きを願ってくださった皆様。

妹シエルも加わり、家族となった三人(と一匹の死神)の新しい旅を、

どうか引き続き、見守っていただけませんか。


「もう、誰も生贄にはさせない」――

不浄と捨てられた少女が掴んだ強さは、今度は、見知らぬ誰かを救う光になります。


もし、第二部の幕開けに「待ってました!」と思ってくださったなら、

ぜひ【ブックマーク】の継続と、下の【☆☆☆☆☆】の評価で、

新たな旅立ちに、あたたかな追い風を贈ってあげてくださいな。


次回、第62話「枯れない繁栄の嘘。ソルレイ領に潜む影」でお会いしましょう。

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