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氷の追放令嬢、死神辺境伯の熱に溶かされて幸せになります ~捨てられた聖女の調和魔法で、極北の地を宝石の都へ~  作者: 花菱エマ


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第60話:白銀の聖女と死神の春。永遠に解けない愛の調和(第一部 完)

暖炉の火が、パチリと爆ぜました。

 私の右腕に刻まれた『血の盟約』の紋章と、カイルム様の胸にある紋章が、静かな鼓動を共有しています。

 カイルム様は、私を膝の上に抱き寄せ、その大きな両手で私の冷たい手をすっぽりと包み込んでくれていました。


「……王都ルミエールを照らす『太陽の加護』。あれは、初代国王が精霊から賜った奇跡などではない。……膨大な魔力を強制的に燃やし続ける、醜悪な魔導具にすぎないのだ」


 カイルム様の低い声が、静かな寝室に響きました。

 彼の指先が、私を安心させるように、ゆっくりと私の手の甲を撫でています。


「だが、あの太陽を維持するためには、常に高純度の魔力を捧げ続けなければならない。……王家と公爵家は、その『燃料』として、数世代に一度現れる強大な魔力持ちを秘密裏に『生贄』にしてきた」


「生贄……。まさか、サバナ王国のシエルちゃんと同じように……?」


「ああ。サバナが地下に『氷の電池』を隠したように、王都もまた『太陽の核』として、生きた人間を水晶に閉じ込めていた。……そして、これは王都だけの罪ではない」


 カイルム様の声が、一段、低くなりました。


「あの『太陽の祭壇』は、王家が独自に築いたものではない。……太陽を唯一の神と崇める中央教会と、その頂に立つ聖王が、大陸の各地に同じ祭壇を配り、繁栄と引き換えに生贄を捧げさせてきた。……王都も、サバナも、その仕組みのほんの一片にすぎん。君の母上が本当に恐れ、追われていたのも――王家ではなく、その奥にいる者たちだ」


 使者の魔導師が遺した言葉が、ようやく一つの形を結びました。

 けれど、カイルム様は私の手を握り直し、まず一番大切な真実を告げてくれたのです。


「……そして二十年前。彼らが次の生贄として目をつけたのが、歴代最高の『白氷』の魔力を持って生まれた赤子――君だった」


 息が止まりそうになりました。

 私が、あの人工太陽の生贄に?


「君の母親、イザベラ殿はその恐るべき計画を知った。フレイム公爵は、君を愛していたからではなく、王家に君を差し出して権力を得るために彼女を妻にしたのだと気づいたからだ。……だから彼女は、君の本当の魔力を『封印』した」


「私の魔力を、封印……?」


「そうだ。王都の連中が君を『不浄』と呼んだだろう。あれは、君の力が弱かったからではない。イザベラ殿が、君が祭壇の魔導具に感知されないよう、その命を削って君の魔力に『濁り』の偽装を施したのだ。……君が屋根裏で虐げられていたことすらも、彼女からすれば、君を生贄の祭壇から遠ざけ、命を守り抜くための『死角』だった」


 カイルム様の言葉が、私の心の一番奥深くに、温かい涙となって染み込んでいきました。


 王都の冷たい屋根裏部屋。

 誰にも愛されない、ただのゴミだと自分を呪った日々。

 けれど、本当は違ったのだ。

 私は見捨てられたのではなかった。母様は、私を「生贄の祭壇」から隠すために、自らの命を犠牲にして、私にあの「不浄」という名の迷彩をかけてくれたのだ。

 私という存在そのものが、母様の命を懸けた愛の結晶だった。


「……おかあ、さま……っ」


 堪えきれず、私の目から大粒の涙が溢れ出しました。

 両手で顔を覆う私の身体を、カイルム様が、折れんばかりの力で強く、強く抱きしめてくれました。


「……泣きなさい、エルシア。君が背負ってきた痛みのすべてを、私がこの腕で受け止めよう」


 カイルム様は、私のつむじに何度も口づけを落としながら、震える声で続けました。


「イザベラ殿は君を隠した後、追手をすべて自分に引きつけるために、単身でこの北の地へ逃れてきた。……そして、猛吹雪の中で息絶える寸前、まだ子供だった私に出会ったのだ。……彼女は、暴走する私の『熱』をその冷たい手で一時的に鎮め、こう言った」


 カイルム様の灰色の瞳が、遠い過去の情景を映すように優しく細められました。


『――いつか、私の愛する娘が、あの国に居場所をなくしてこの地へ来るでしょう。その時はどうか、彼女を守って。……あの子の氷は、必ず貴方の呪いを解く光になるから』


「……それが、私の母の……最期の言葉……」


「ああ。私は、彼女に救われた命で、君が来るのをずっと待っていたのだ。……エルシア。君は『不浄』などではない。君は、二つの命を繋ぎ、私という死神に光を与えてくれた、世界で最も尊い奇跡だ」


 カイルム様の頬にも、一筋の涙が光っていました。

 彼は私の涙をその熱い指先で丁寧に拭い、私の瞳を真っ直ぐに見つめました。


「……もう、過去に縛られる必要はない。君は誰よりも愛されて生まれ、そして今、誰よりも私に愛されているのだから」


「……はい……っ。カイルム、様……」


 私は彼の首に腕を回し、その広い胸に顔を埋めて、声を出して泣きました。

 悲しみではありません。

 私の中に残っていた最後の「氷の棘」が、母様の無償の愛と、カイルム様の絶対的な肯定によって、完全に、そして跡形もなく溶け去ったのです。


 私たちの魔力が、紋章を通じて深く、優しく混ざり合います。

 白銀と漆黒が織りなす極光オーロラが、寝室を神聖な光で満たしました。


 ――それから、数ヶ月の時が流れました。


 南の王都ルミエールが、自らの傲慢さゆえに崩壊したという知らせが届いたのは、北領に暖かな風が吹き始めた頃のことでした。

 生贄を失った人工太陽は暴走し、王宮の一部を焼き尽くして完全に失墜。魔力を失った王家や、私をゴミと捨てたフレイム公爵家、そして元婚約者のリュシアン様は、爵位を剥奪され、自業自得の没落を遂げたそうです。彼らは今、かつての私のように、冷たい部屋で飢えと戦いながら、「手放した魚は大きかった」と血の涙を流して後悔しているとのことでした。


 けれど、今の私にとって、それは遠い海の向こうの、どうでもいいお話。

 復讐に手を染める必要なんてありません。だって、今の私は、世界で一番幸せなのですから。


「おねえさま! みて、お花が咲いたわ!」


 ノースウォール城の中庭。

 白銀の髪をなびかせたシエルちゃんが、嬉しそうに駆け寄ってきました。

 彼女の指先が触れた地面から、サバナの地下で手に入れた『青い小瓶』の魔力と、私の白氷の魔力が調和を奏で、雪解けの大地に、瑞々しい瑠璃色の花々を次々と咲かせていきます。


 極寒の地だったノースウォールに、今、奇跡のような美しい「春」が訪れようとしていました。


「ええ、本当に綺麗ね、シエルちゃん」


 私が微笑むと、背後から、優しくて、火傷しそうなほど愛おしい「熱」が私を包み込みました。

 カイルム閣下の大きな腕が私の腰を抱きすくめ、その広い胸に、私の背中がぴったりと預けられます。


「……エルシア。あまり他の者に笑顔を振りまくなと言っただろう。……例えそれが、君の妹であっても、私は激しく嫉妬してしまう」


 耳元で囁かれた独占欲たっぷりの低い声に、私はクスクスと笑ってしまいました。


「まあ、カイルム様ったら。シエルちゃんは私たちの家族ですわよ?」


「家族であっても、君の視線を一秒たりとも奪われるのは耐えがたい。……君のその清らかな瞳も、桃色の唇も、すべて私だけのものだ」


 カイルム様はそう言って、シエルちゃんが「わあ!」と両手で目を隠すのも構わず、私の頬を引き寄せ、深く、深く、蕩けるような口づけを落としました。


 右腕の紋章を通じて、彼の壊れんばかりの愛と、一生をかけて私を甘やかし尽くすという狂おしいほどの執着が、心地よい熱となって流れ込んできます。

 かつて私を苦しめていた「氷の力」は、今や彼の「死神の熱」を優しく癒やす、最高の調和の魔法。


「愛している、エルシア。私の命のすべてを懸けて、君を幸せにしよう」


「ええ、私も愛しておりますわ、カイルム様。……ずっと、ずっと、貴方の側で」


 見上げる空は、どこまでも澄み渡った優しい青。

 私たちは手を繋ぎ、温かな春の中を、どこまでも一緒に歩いていくのでした。


 ――けれど。


 その紋章は、まだ「鎮めた」だけ。消えてはいないのです。

 カイルム様の身を内側から焼く「血の盟約」の呪いも、それを半分引き受けた私の右腕の徴も、根を断つ術は、まだ誰も知りません。

 そしてもう一つ。


 ◇◇◇


 遥か南――大陸の中央にそびえる、太陽を象った白亜の聖都。

 その最奥、黄金の大聖堂で、焼け焦げた法衣の男が、一人の人影の前にひれ伏していました。砂漠で杖を砕かれ、北で這う這うの体で逃げ帰った、異端審問官マルファスです。


「……聖王猊下。申し上げます。……北の地に、まこと、『調和の聖女』が……。太陽すら鎮め、祭壇を無効化する力を持つ娘が、実在いたしました」


 玉座の影が、ゆっくりと身じろぎしました。

 その声は、老いてなお、ぞっとするほど穏やかでした。


「……調和の聖女、か。千年の昔、我らが『異端』として歴史から消し去ったはずの、忌まわしき力。……それが、また芽吹いたというのか」


 影が、ゆらりと立ち上がります。


「ならば――摘み取らねばなるまい。世界の秩序が、ふたたび乱される前に。……各地の祭壇に、報せを」


 白亜の聖堂に、静かな鐘の音が、不吉に響き始めました。


 北の地で芽吹いた小さな春を、まだ誰も知らない大きな影が、見つめ始めたのです。


「愛している、エルシア。私の命のすべてを懸けて、君を幸せにしよう」


皆様、ついにエルシア様とカイルム閣下の物語が、第一部のグランドフィナーレを迎えましたわ!

王都の身勝手な人々は自業自得の没落を遂げ、エルシア様を道具としてではなく、

一人の愛すべき女性として魂の底から溺愛してくれる閣下との、永遠の春……。

「不浄」と蔑まれた孤独な少女が、母の命懸けの愛に見つけられ、自らも家族を守るために咲き誇る。

これこそが、皆様と一緒に作り上げてきた、第一部の最高に美しい到達点ですわ。


そして――物語は、ここで終わりません。


エルシア様とカイルム様を蝕む「血の盟約」の呪いは、まだ鎮めただけ。

王都の生贄の祭壇の奥には、千年前に「調和の聖女」を葬った中央教会と「聖王」が、静かに動き始めました。

二人の幸せな春を守るための、本当の戦いは、これからです。


次回より、第二部が開幕いたします。

各地に隠された「太陽の祭壇」を、生贄なき調和へと解き放つ旅。

そして、解けない呪いに二人で挑む物語を――どうか、引き続き見守ってくださいませ。


これまで第一部に伴走し、たくさんの【ブックマーク】と温かな【☆☆☆☆☆】の評価を

降らせてくださったこと、令嬢たちの心の味方として、心より深く感謝申し上げます。

皆様の応援が、エルシア様の氷を、闇を照らす真実の光に変えてくれますわ。


それでは、第二部「雪解けの内政編」(仮)でお会いしましょう。ごきげんよう!


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