第57話:共犯者の証。二人で背負う、死神の宿命
「……ああ……嘘だ……。何故だ、何故こんなことに……!」
カイルム様の悲痛な叫びが、静まり返った寝室に虚しく響きました。
彼は、私の右腕に浮かび上がった赤黒い紋章を見つめ、まるで自分の心臓を抉られたかのような顔で絶望しています。
「消えろ……消えろ、こんなもの……っ!」
カイルム様は、狂ったように自分の指先で私の紋章を擦りました。
けれど、呪いの紋章は消えるどころか、彼の魔力に呼応するようにして、より一層鮮やかな赤色を帯びて輝きを増していきます。
「止めてください、カイルム様! 肌が、擦り剥けてしまいますわ!」
「……すまない、エルシア……。私のせいだ。君を救うはずが、君を私の地獄に引き込んでしまった……。……これでは、あの王都の連中と同じではないか。私は、君を汚してしまった……っ」
カイルム様は、私の腕を離すと、頭を抱えてベッドの端へ後退りました。
灰色の瞳からは、止めどなく涙が溢れています。
最強の死神と恐れられた辺境伯が、たった一つの紋章のために、子供のように肩を震わせて泣いている。
その姿は、あまりにも脆く、そして狂おしいほどに私への愛に満ちていました。
「カイルム様。……こちらへ」
私は、逃げようとする彼の大きな身体を、背後からそっと抱きしめました。
彼の背中からは、まだ微かに暴走の名残が立ち昇っています。けれど、私の腕に紋章が浮かんでからというもの、その温度が不思議と「痛い」とは感じなくなっていました。
ドクン、ドクン。
私の右腕の紋章が、カイルム様の心臓の鼓動と、完璧に同期して脈打っている。
それが、何よりも愛おしい「絆」の証に思えて。
「……汚れてなんていません。……見てください。こんなに綺麗に光っていますわ」
私は、カイルム様の前に自分の右腕を差し出しました。
赤黒い紋章は、まるで生きているかのように明滅し、私の白銀の魔力と混ざり合って、幻想的な紫色の光を放っています。
「これは、貴方が私を愛してくれた証。……そして、私が貴方を一人にしないと決めた、契約の印ですわ」
「……エルシア……」
「王都の人々は、私の氷を『不浄』と呼びました。……でも、貴方はそれを『光』だと言ってくれた。……なら、私も言いますわ。……貴方の呪いは、私にとっては、貴方と私を永遠に繋ぐ『婚約指輪』よりも確かな約束なのです」
私は、自分の右腕に刻まれた紋章に、そっと自らの唇を寄せました。
ひんやりとした私の唇が、紋章の熱と触れ合う。
その瞬間、カイルム様の身体がビクリと大きく跳ねました。
魔力を通じた直接的な接触――それは、どんな接吻よりも深く、生々しく、彼の魂を揺さぶったはずです。
「……っ、ああ…………」
カイルム様が、たまらなくなったように私を振り返り、その逞しい腕で私を押し潰さんばかりに抱き寄せました。
「……君は、どうして……。……どうして、そうまでして私を許し、愛してしまうのだ……。……私はもう、君を離せない。……君が地獄へ行くと言うなら、私はその地獄を、君のためだけの楽園に作り替えてでも、君を囲い続けてしまうぞ……!」
首筋に押し当てられた彼の顔から、熱い涙が私の肌を伝います。
その独占欲に塗れた言葉、その重すぎるほどの情愛。
ああ。私は、このために生まれてきたのかもしれない。
王都の屋根裏で凍えていた日々も、誰からも愛されず透明な存在だった過去も。
すべては、この「死神」と呼ばれる愛しき男性の、唯一無二の共犯者になるための準備期間だったのだと。
「……ええ。お望み通りにしてくださいませ、旦那様。……私はもう、貴方の熱なしでは生きていけませんもの」
私が彼の頬を包み込み、優しく微笑むと、カイルム様は飢えた獣のような切実さで私の唇を奪いました。
紋章を通じて、彼の感情が雪崩のように流れ込んできます。
深い自責、それを上書きするほどの激しい執着、そして、私を失うことへの永遠の恐怖。
私たちは、一つになりました。
言葉よりも、血よりも、もっと深い「呪い」という名の絆で。
カイルム様は、私の右腕を大切に両手で捧げ持つと、そこに刻まれた紋章をなぞるように、何度も、何度も、壊れ物を慈しむような接吻を落としていきました。
「……エルシア。……生涯をかけて、君に償おう。……君がこの紋章を背負ったことを後悔する暇もないほど、甘やかして、愛して、君のすべてを私で満たしてやる」
「ふふ……楽しみにしていますわ」
そっと身を離した私の腕の中で、紋章はなお、熱を孕んだまま静かに脈打っていました。
私の白氷が、暴れ狂っていた業火をようやく眠りにつかせた。けれど――鎮めたのであって、消したのではない。
老医官の言葉が、ふと胸の奥をよぎります。これは、初代辺境伯が精霊と交わした盟約の、逆流。その根を断つ術を、私たちはまだ何一つ知らないのです。
(……いいえ。今はそれでいい)
私は、自分に言い聞かせるように、紋章の上にもう一度掌を重ねました。
いつか、この呪いの根そのものと向き合う日が来る。その答えを、二人で探し出さなければならない日が。
けれど、それは今日でなくていい。今はただ、彼の鼓動と同じ拍で脈打つこの熱を、私と彼が確かに繋がっている証として、抱きしめていたかったのです。
窓の外では、ノースウォールの静かな雪が、祝福の粉雪となって舞っていました。
けれど、幸せな沈黙を破るように、部屋の扉が急に、慌ただしく叩かれました。
「閣下! エルシア様! 夜分に失礼いたします!」
セバスの声でした。その声には、平時の彼からは想像もできないほどの緊張が混ざっています。
「……城の結界が、外部からの魔力に干渉されています! ……王都からの使者、いいえ、魔導師を名乗る者たちが……門の前で『聖女の返還』を要求しております!」
カイルム様の瞳が、一瞬で「死神」の冷徹さを取り戻しました。
腕の紋章が、呼応するように熱く、鋭く脈打ちます。
「……聖女の返還、だと?」
カイルム様は、私を後ろに隠すようにして立ち上がりました。
その背中から立ち昇る漆黒の魔気は、先ほどの衰弱が嘘のように、禍々しく、圧倒的なまでの「守護の意志」に満ちていました。
「……エルシア。……誰一人、君の指先に触れさせはしない。……君を捨てた国が、今更どの面を下げて君を求めるのか……。その身を以て、教えてやろう」
運命を共有した私たちに、再び過去の影が忍び寄ろうとしていました。
けれど、今の私に、もう恐怖はありません。
私の腕には、世界で一番強い「死神」と同じ熱が宿っているのですから。
「……君のすべてを私で満たしてやる」
カイルム閣下の、なんと甘美で、なんと重たい「共犯」の誓い……!
呪いを「婚約指輪」だと言い切るエルシア様の凛とした愛情に、
閣下の情緒も、そして読者の皆様の心も、限界までかき乱されてしまったのではないでしょうか。
紋章への接吻……。
それは、傷つけ合ってきた二人が、ようやくお互いの痛みを愛として受け入れ合った、
最高にエモーショナルな儀式でしたわ。
ですが、幸せな夜に差し込む王都の影。
「聖女の返還」という傲慢な要求を掲げ、
再びエルシア様を道具として利用しようとする者たちが現れました。
閣下の「お揃い」の紋章が、彼らにどのような絶望を見せるのか……。
もし、閣下の「泣きべそからの独占欲全開」のギャップに悶えてくださったなら……
ぜひ【ブックマーク】の継続と、下の【☆☆☆☆☆】の評価で、
王都の使者を一蹴するための「最強の加護」を贈ってあげてくださいな。
皆様の評価が、エルシア様の紋章をさらに輝かせ、
閣下の愛を「世界の理」さえも書き換える力に変えてくれますわ。
次回、第58話「倒れた最強の騎士。死神の呪いが牙を剥く夜」でお会いしましょう。
(※使者を迎える閣下の無双、そして紋章の真の力が覚醒いたしますわよ!)




