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氷の追放令嬢、死神辺境伯の熱に溶かされて幸せになります ~捨てられた聖女の調和魔法で、極北の地を宝石の都へ~  作者: 花菱エマ


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第54話:帰還のノースウォール。出迎える笑顔と、隠された熱

肌を焼くような熱気と、どこまでも続く黄金の砂。

 そんな景色が嘘のように、馬車の窓の外には、しんしんと降り積もる白銀の世界が広がっていました。


「……ノースウォール。私たちの、家に帰ってきたのね」


 私は、膝の上で眠るシエルちゃんの頭を撫でながら、そっと独りごちました。

 けれど、その心に安らぎはありません。私の隣――いつもなら私を、壊れ物を扱うように抱き寄せているはずのカイルム様が、今は荒い息をつきながら、私の肩にぐったりと体重を預けているからです。


「……あ……エルシア……。……すまない、重い、だろう……」


 微かに開けられた灰色の瞳は、高熱に浮かされて潤んでいました。

 彼は意識が混濁しているというのに、なおも私の肌に触れている部分が熱くないか、私が火傷をしていないか、そればかりを案じて指先を震わせています。


「重くなんてありませんわ。……お願いですから、もう喋らないで。私の氷を、もっと使ってくださいませ」


 私はカイルム様の首筋に両手を回し、内なる白氷の魔力を最大限に引き出しました。

 キィィィィン、と耳奥で鳴る静寂の音。

 清冽な冷気が私の掌から溢れ出し、彼の身体を苛む業火を必死に包み込んでいきます。


 一瞬だけ、カイルム様の表情が和らぎました。

 けれど、彼から立ち昇る漆黒の湯気が、私のドレスを焦がし、白銀の髪をちりちりと巻かせます。それでも私は、彼を離しませんでした。


(貴方が私を救うために限界を超えたのなら、今度は私が、貴方のすべてを冷やして差し上げる)


 やがて、馬車がノースウォール城の正門を潜りました。

 異変を察知して駆け寄ってきた執事のセバスや騎士団の面々が、馬車の扉が開いた瞬間に絶句しました。


「閣下……!? なんということだ、あの『氷の死神』と恐れられたお方が……!」

「お下がりなさい!」


 私が放った一喝に、屈強な騎士たちがたじろぎました。

 私はカイルム様の身体を支えたまま、冷徹なまでに落ち着いた声で指示を下しました。


「カイルム様は、私とこの子を守るために力を使いすぎただけです。……すぐに寝室へ運びます。セバス、氷を用意できるだけ用意して。それから、シエルちゃんを客室へ。彼女も、私たちの家族です。……粗相のないように」


「は、ははっ! 直ちに!」


 かつての私なら、こんなに大勢の人の前で声を張り上げることなど考えられなかったでしょう。

 でも、今の私には迷っている暇などありません。

 カイルム様が私に居場所をくれた。なら、今度は私が、彼の命という居場所を死守する番なのです。


 城内は、閣下の帰還を祝うはずの空気が、一瞬にして凍りついたような緊張感に包まれました。

 私は閣下を寝室の大きなベッドへ横たえると、すぐさま彼の服を緩め、氷魔法を編み込んだ冷たい布でその胸板を覆いました。


「……はぁ、はぁ……っ。……エルシア……どこだ……。……行かない、でくれ……」


 ベッドの中で、カイルム様が私の手を必死に探して彷徨わせます。

 その指先が私の手に触れた瞬間、彼は痛いくらいの力で私を握りしめました。


「ここにいますわ。どこへも行きません」


「……あ……愛して、いる……。……世界が、終わっても……君だけは……」


 高熱にうなされながら、彼は何度も何度も、呪文のように私の名前と愛の言葉を繰り返します。

 王都で誰からも愛されず、呪われた子として扱われていた私が、今、この最強で、誰よりも不器用な男性に、これほどまでに執着されている。

 その事実が、私の胸を締め付け、そして最高の力を与えてくれました。


「……閣下、医官を連れてまいりました!」


 セバスが連れてきたのは、ノースウォールに代々仕える老齢の医官でした。

 けれど、カイルム様の痣だらけになった胸元を診察した途端、老医官の顔から血の気が引いていくのが分かりました。


「これは……。ただの魔力切れではありません。……伝承にある、初代辺境伯が精霊と交わした『血の盟約』が、逆流しているのです……」


「盟約の逆流……? それは、どういう意味ですか?」


「……本来、この力は精霊の門を封じるために使われるもの。……それを、一人の人間を守るために使いすぎた。……このままでは、閣下は内側から焼き尽くされ、形を保てなくなるでしょう」


 医官の言葉に、部屋の中がしんと静まり返りました。

 形を保てなくなる。……それは、カイルム様がこの世から消えてしまうということ。


「……いいえ。そんなことは、私が許しません」


 私は、カイルム様の掌を両手で包み込みました。

 彼の熱が私の肌を刺し、微かな火傷の痛みが走ります。けれど、その痛みさえも、彼と繋がっている証のように思えて愛おしい。


「……私の氷は、この人のためにあります。……セバス、誰にもこの部屋へ入れないで。……これから、私たちがどのような姿になろうとも」


 私はベッドへ上がり、カイルム様の身体を正面から抱きしめました。

 白氷の魔力が、吹雪となって寝室を包み込んでいきます。


 業火か、白銀の調和か。

 ノースウォールの深い夜の中、私たちの命を懸けた、最後の「愛の対話」が始まろうとしていました。


「……愛している。……世界が終わっても……君だけは……」

高熱にうなされながらも、エルシア様を求めるカイルム閣下……。

その痛切なまでの独占欲と愛の告白に、私の筆も震えてしまいましたわ。

無敵だった彼が初めて見せる脆さ、そしてそれを全身で受け止めるエルシア様の強さ。

これこそが、長い旅を経て辿り着いた、真の「夫婦の姿」ですわね。


けれど、老医官が告げた「血の盟約の逆流」。

カイルム閣下の命が、内側から燃え尽きようとしているなんて……。

「不浄」と呼ばれたエルシア様の氷が、果たしてこの「死神の呪い」を鎮めることができるのでしょうか。


次章、第四部の本格的な展開が始まります。

看病という名の、最高に濃密で、最高に切ない「甘やかし」の時間……。

もし、エルシア様の凛とした覚悟に「頑張って!」と思ってくださったなら、

ぜひ【ブックマーク】の継続と、下の【☆☆☆☆☆】の評価で、

業火を鎮めるための「真実の愛の加護」を贈ってあげてくださいな。


皆様の評価が、エルシア様の魔法をさらに清らかに、

カイルム閣下の呪いを溶かす「究極の癒やし」になりますわ。

次回、第55話「愛ゆえの拒絶。『私に触れるな』と彼は泣いた」でお会いしましょう。

(※閣下の愛が重すぎて、エルシア様を遠ざけようとする……切なすぎる回になりますわよ!)

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