第52話:砂漠の女王の目覚め。感謝のオアシス
「……眩しい、ですわね」
地下の重い石扉を押し開け、地上へと一歩踏み出した瞬間。
砂漠の黄金の太陽が、容赦なく私たちの視界を白く塗り潰しました。
けれど、その熱さは不思議と不快ではありませんでした。
私の右手を折れんばかりに握りしめているカイルム様の大きな掌。そして私の左手に、壊れ物を扱うようにそっと添えられた、シエルちゃんの小さな指先。
二つの異なる温もりが、私の中に「生きている」という確かな実感を呼び起こしてくれたからです。
「……おねえさま。そらは、こんなに、あおかったのね……」
私の腰に顔を埋めるようにして、シエルちゃんがおずおずと空を見上げました。
数年間、暗闇の「電池」として閉じ込められていた彼女にとって、この広い空は何よりも恐ろしく、そして美しい奇跡に見えたことでしょう。
「ええ、そうよ。これからは毎日、この空を見ていいの。……誰にも、貴女を閉じ込めさせたりしないわ」
私はシエルちゃんの白銀の髪を優しく撫でました。
かつて、王都の屋根裏部屋で一人、窓の隙間から星を眺めていた時の私に、言ってあげたかった言葉。それを今、この子に伝えられることが、折れかけていた私の過去を、一つずつ縫い直していくような気がしました。
王宮の中庭に降り立つと、そこには異変を察知して集まった数千の民と、近衛兵たちが立ち尽くしていました。
その中央。魔力を封じられ、地面に転がされたアハメド王子の姿を見て、広場にどよめきが広がります。
「な、何があったのだ!? アハメド殿下が……!」
「あの銀髪の少女は……まさか、王宮の伝承にある『隠された呪い』か!?」
不安と不信が渦巻く中、カイルム様が一歩前に出ました。
「静まれ、砂粒の分際で。……私の妻、エルシア・ド・ノースウォールが、貴様らの罪を暴いた。……この少女を『道具』として地下に埋め、その苦痛を搾取してオアシスを維持しようとしたサバナ王家の真実を、今ここで全土に知らしめる」
カイルム様の声は、低く、けれど雷鳴のように広場に轟きました。
アハメド王子が少女をどう扱っていたのか。
エルシアの氷が、どのようにしてオアシスを蘇らせ、少女を救い出したのか。
真実が語られるにつれ、民たちの表情は、驚愕から、深い怒りと、そしてやり場のない悔恨へと変わっていきました。
彼らが縋っていた平和が、たった一人の少女の犠牲の上に成り立っていたという、残酷な事実。
「……ああ……私たちは、なんということを……」
「聖女様……。不浄の地から来た魔女だなどと疑った我らを、どうかお許しください……!」
波が引くように、人々が次々と地面に膝をつきました。
それは恐怖による屈服ではありません。自らの過ちを知った、魂からの謝罪でした。
広場を埋め尽くす数千の人々が、私一人に向けて、祈るように頭を垂れている。
王都ルミエールで石を投げられ、「不浄」と罵られていた日々が、遠い前世のことのように感じられました。
私は、カイルム様の手をそっと握りしめ、前を見据えました。
「……皆さま、顔を上げてください。……過去の罪は、これからの行動で贖えばいいのです。……このオアシスを、今度は誰かの犠牲ではなく、皆さまの手で、精霊との調和によって守っていくと、そう誓ってくださるのなら……」
私が指先を掲げると、空からキラキラと、宝石のようなダイヤモンドダストが降り注ぎました。
それは砂漠の熱を吸い取り、人々の疲れを癒やす、清らかな慈悲の光。
「「「おおお……! 調和の聖女、エルシア様……!!」」」
地響きのような歓声が、空を突き抜けました。
その光景の中、カイルム様が私を引き寄せ、皆が見ている前で、私の髪に熱い口づけを落としました。
「……見たか、エルシア。これが君の力だ。……誇らしいが、これほど多くの男が君に心酔するのを見るのは、私の心臓に良くないな」
「ふふ、カイルム様ったら。……ヤキモチを焼く相手が、多すぎますわよ」
耳元で囁かれた、独占欲たっぷりの低い声。
その甘やかさに、私の心は春の雪解けのように蕩けてしまいました。
事件は終わり、サバナ王国には新しい夜明けが訪れようとしていました。
私たちは、国王から贈られた天幕の中で、三人で静かな夜を過ごしていました。
カイルム様は、私の隣でスヤスヤと眠るシエルちゃんの顔を、じっと見つめていました。
「……エルシア。この子を、本当に連れて帰るつもりか?」
「ええ。この子には、私の他に家族はいませんもの。……それに、この子を一人にすることは、昔の自分を見捨てることと同じなのです。……カイルム様は、嫌ですか?」
私が少しだけ不安になって尋ねると、カイルム様は溜息をつき、私の手を自分の唇へと運びました。
「……嫌なはずがあるまい。君が笑顔でいられるなら、私は世界の半分を拾ってきても構わんと言ったはずだ。……ただ、少しだけ嫉妬しているのだ。……君の愛が、私以外のものに注がれることに」
「……もう。本当に、困った旦那様ですわね」
私は彼に抱き寄せられ、その熱い胸板に顔を埋めました。
平和。安らぎ。そして、愛されているという確信。
けれど、眠っていたシエルちゃんが、不意に私の裾をギュッと掴み、寝言のように呟きました。
「……おねえさま……。……おかあさまの……『あおいこびん』……まだ、さばくのどこかに……かくして、あるの……」
「……え?」
シエルちゃんの小さな言葉に、私とカイルム様は顔を見合わせました。
母イザベラ様が、砂漠に遺したさらなる遺産。
私たちの旅は、どうやらまだ、安らかな終わりを迎えるわけにはいかないようです。
「……世界の半分を拾ってきても構わんと言ったはずだ」
カイルム閣下の、なんと大きく、そして独占欲に塗れた愛……!
シエルちゃんという可愛い「妹」にさえ嫉妬してしまう閣下の初々しさに、
読者の皆様も思わず口角が上がってしまわれたのではないでしょうか。
サバナの民たちがエルシア様に跪き、真の救世主として讃えるシーン。
これまでの苦労が報われる、最高に晴れやかなカタルシスですわね。
「不浄」の令嬢は、今や二つの国を救った「生ける女神」となったのです。
ですが、シエルちゃんの寝言に隠された「青い小瓶」の謎。
母イザベラ様が、この灼熱の地に隠した最後のピースとは一体……?
もし、二人の新しい「家族」の形と、閣下のデレデレっぷりに「最高!」と思ってくださったなら……
ぜひ【ブックマーク】の継続と、下の【☆☆☆☆☆】の評価で、
新しい謎に挑む三人に「祝福の輝き」を贈ってあげてくださいな。
皆様の評価が、エルシア様の氷をさらに透明に、
真実を照らし出す「希望の魔力」になりますわ。
次回、第53話「母の遺産と砂の下の楽園。青い小瓶の導き」でお会いしましょう。
(※砂漠編の真のフィナーレへ、物語が動き出しますわよ!)




