第48話:干上がった大オアシス。氷華の祈りが降らす雨
「……エルシア、やはりあのような下種に君の奇跡を見せる必要はない。今すぐこの王宮ごと焼き払い、ノースウォールへ連れ帰りたい」
カイルム様が私の腰を引き寄せ、低く、押し殺したような声で囁きました。
彼の大きな掌からは、私を離したくないという執念が伝わってくるほど、熱い魔気が漏れ出しています。
「カイルム様、落ち着いて。……あのアハメド王子が、もし私がこのオアシスを救えたら、地下の『禁域』への立ち入りを許すと約束してくださったのです。……あそこには、私を呼んでいる『声』がありますわ」
私は、彼の逞しい胸板にそっと手を置き、その荒ぶる心を鎮めるように見つめ返しました。
灰色の瞳が揺れ、カイルム様はたまらなくなったように私の額を自分の額に押し当てました。衆人環視の王宮、不遜な王子や魔導師たちが見守る前だというのに、この方は私のことしか見えていないのです。
「……君がそう言うのなら、一度だけ許そう。だが、少しでも無理をすれば、私はこの国を見捨てて君を抱き抱えて去る。……分かったな」
「ええ。約束しますわ」
私たちが向かったのは、王宮の裏手に広がる『天の雫』と呼ばれる巨大なオアシスの跡地でした。
かつてはサバナ王国の生命線だったその場所は、今や底がひび割れ、死の砂に埋もれています。周囲には王宮専属の魔導師たちが十数人も集まり、必死に儀式を行っていましたが、溢れ出るのは泥混じりの熱湯ばかり。
「無駄ですよ、聖女殿」
アハメド王子が、勝ち誇ったような笑みを浮かべて歩み寄ってきました。
「我が国の最高峰の魔導師たちが束になっても、この枯渇は止められなかった。……北の果てから来た『氷の小鳥』一羽が、指先を動かしたところで、砂漠の熱に溶かされて終わりだ」
魔導師たちからも、クスクスと小馬鹿にするような笑い声が上がりました。
王都ルミエールで浴びせられた「不浄」「ゴミ」という言葉に似た、無知ゆえの嘲笑。
かつての私なら、その言葉に俯き、震えていたかもしれません。
けれど、今の私の背中には、カイルム様の絶対的な全肯定があります。
「……エルシア、あのような塵芥の言葉に耳を貸すな。君の氷は、世界で最も清らかで、気高い。……私が証明してやる」
カイルム様が私の背後に回り、その熱い腕で私の肩を包み込みました。
彼が宿す「死神の熱」が、私を媒介にして、清冽な「調和の力」へと変換されていくのを感じます。
私は、ゆっくりと一歩踏み出し、ひび割れた大地に素手で触れました。
(……聞こえるわ。砂の下で泣いている、水の精霊たちの声が)
私は、内なる魔力を一気に解放しました。
王都で「呪い」と恐れられていた白氷の魔力。それが、灼熱の砂漠の太陽とぶつかり合った瞬間――奇跡が起きました。
――キィィィィィィィン……ッ!
清らかな鈴の音が鳴り響くような共鳴音が、砂漠全体を揺らしました。
私の指先が触れた場所から、真っ白な霜が波紋のように広がり、瞬時に死の砂を銀世界の美しさへと書き換えていきます。
「な……!? 何だ、この冷気は……っ!?」
王子の叫び声を、突如として降り注いだ「雨」が遮りました。
いいえ、それはただの雨ではありません。
空に浮かんでいた熱雲が、私の魔力に打たれて冷やされ、無数の『氷の華』となって舞い降りてきたのです。
「雪……? 砂漠に、雪が降っているのか……!?」
魔導師たちが杖を落とし、呆然と空を見上げました。
舞い落ちる雪片は、地面に触れると同時に、透き通った藍色の水へと姿を変えました。
ゴォォォォ……と地鳴りが響き、干上がっていたオアシスの底から、かつてないほど清涼な、そして豊かな水が噴き出したのです。
「あ、あああ……水だ! 命の水だ!」
「なんという神聖な……。魔導ではなく、これはもはや『神威』ではないか……!」
先ほどまで私を嘲笑っていた魔導師たちが、雪の中に膝をつき、祈るように額を地面に擦り付けました。
アハメド王子も、あまりの光景に腰を抜かし、泥だらけの地面に無様に座り込んでいます。
私は、降りしきる雪の中で、カイルム様の腕の中に預けていた身体を預けました。
「……見事だ、エルシア。君はまた、世界を一つ塗り替えてしまったな」
カイルム様が、私の耳朶を甘く噛みながら囁きました。
その瞳には、自分の妻がこれほどまでに神々しい奇跡を起こしたことへの誇らしさと、それ以上に「今すぐこのまま連れ去って、誰の目にも触れさせたくない」という、狂おしいほどの独占欲が渦巻いています。
「……見てください、カイルム様。お水が、あんなに輝いて……」
「……ああ。だが、私にとってはこの水よりも、今、君の頬を濡らしているこの一雫の方が、何万倍も価値がある」
カイルム様はそう言って、私のまつ毛に付いた雪の欠片を、熱い唇でそっと吸い込みました。
その接吻は、まるで世界中の誰にも私の欠片さえ渡さないという、強い誓いのようでした。
しかし。
満ち足りたオアシスの水面が、不思議な光を放ち始めました。
清らかな水面に映し出されたのは、私たちの姿ではありません。
暗い、湿った石牢の中で、私と同じ白銀の髪を揺らし、膝を抱えて震えている――一人の小さな少女の姿。
『……おねえ、さま……たすけて……』
水面から響いてきた、掠れたような声。
その瞬間、私の懐にある「氷の破片」が、弾けるような音を立てて蒼い光を放ちました。
「…………今の、は?」
カイルム様の表情が、瞬時に「死神」の冷徹さを取り戻しました。
アハメド王子の顔が、恐怖以上に「見てはいけないものを見られた」という絶望に染まるのを、私は見逃しませんでした。
黄金の砂漠に、もう一つの氷の運命が眠っている。
私はカイルム様の手を強く握り締め、オアシスの奥にある、王宮の深淵を見据えました。
「……おねえ、さま……たすけて……」
砂漠に雪を降らせるという圧倒的な奇跡を見せたエルシア様。
王子や魔導師たちを跪かせる無双っぷり、最高にスカッといたしましたわね!
けれど、その美しい水面に映し出されたのは、あまりに悲しい少女の幻影……。
エルシア様と同じ、白銀の髪。
王宮の地下に隠された「禁域」には、一体何が囚われているのでしょうか。
そして、カイルム閣下の独占欲は、この新たな「家族(?)」の登場にどう反応するのか。
物語は、救済から「秘められた過去の奪還」へと加速していきます。
もし、エルシア様の聖女無双と、閣下の「吸い込むような口づけ」に、
胸が高鳴ってしまったなら……
ぜひ【ブックマーク】の継続と、下の【☆☆☆☆☆】の評価で、
地下に眠る少女を救い出す「勇気の光」を贈ってあげてくださいな。
皆様の評価が、エルシア様の氷をさらに清らかに、
闇に囚われた魂を救う「福音」へと変えてくれますわ。
次回、第49話「熱帯夜の秘め事。カイルム閣下の解けない腕」でお会いしましょう。
(※潜入調査の前に、閣下の「甘い補給」のお時間ですわよ!)




