第33話:永遠の調和。そして、魔導書が語る次の宿命
戴冠式から数日。
ノースウォール城には、かつての凍てつく静寂ではなく、パンが焼ける香ばしい匂いと、朝露に濡れた花々の香りが満ちていた。
「……エルシア、危ない。その包丁は私が持つ」
「カイルム様、これでリンゴの皮を剥くのは三回目ですわ。私、これくらいは一人でできますのよ?」
厨房で、私たちは並んで立っていた。
……いえ、正確には、カイルム様が私の背後から覆いかぶさるようにして、私の手元をじっと監視しているのだ。
「ダメだ。君のその宝物のような指先に、万が一にも傷がついたら……私は自分を許せない。それに、リンゴの皮など私が魔力で一瞬にして削ぎ落としてやる」
「それは少し……いえ、かなり過剰ですわ。せっかくロザリア様から教わった『愛のアップルパイ』なのですから、手作りでないと意味がありませんもの」
私が困ったように微笑むと、カイルム様は「ぐぬ……」と喉を鳴らして黙り込んだ。
北の死神と恐れられた辺境伯が、エプロン姿の私の一言でこれほどまでに大人しくなる。そのギャップが可笑しくて、私はふふっと声を立てて笑ってしまう。
「……笑ったな、エルシア」
不意に、カイルム様の手が私の腰を抱き寄せた。
背中に伝わる彼の逞しい胸板の熱。
王都のあの不快な熱とは違う、私を心の底から安心させてくれる、唯一無二の温度。
「……君がこうして笑って、私の隣にいてくれる。それだけで、私はもう、世界中の何を失っても構わないと思えてしまうのだ。……この独占欲は、もはや病に近いな」
「……構いませんわ。私も、あなたに独占されている今の自分が、一番好きですから」
私が顔を上げて彼の唇にそっと触れると、カイルム様の瞳に溜まっていた熱が一気に溢れ出した。
キッチンの甘い香りが、一瞬で情熱的な空気に書き換えられる。
彼は私の顎を持ち上げ、深く、呼吸を奪うような口づけを落とした。
……けれど、その甘いひとときを、城の地下から響いてきた「共鳴音」が遮った。
「……っ、今のは?」
「……魔導書だな。エルシア、やはりあの本、ただの遺品ではないらしい」
私たちは顔を見合わせ、執務室へと急いだ。
机の上に置いてあった母様の魔導書は、誰も触れていないのに自ら頁を捲り、眩いばかりの「蒼い極光」を放っていた。
そこには、これまで解読不能だった古代文字が、私の血筋に反応して鮮やかな日本語……いえ、共通語へと翻訳され、浮かび上がっていたのだ。
『調和の聖女よ。王都の偽りの太陽を鎮めし者よ。
汝の役目は、まだ序章に過ぎない。
世界の裏側、氷の精霊王が眠る「静寂の門」が、今、汝の冷気を感じて目覚めようとしている』
「……氷の精霊王……? そんなの、お伽話の中だけの存在では……」
私が言葉を失っていると、魔導書の上に一つの「地図」が投影された。
それは、ノースウォールのさらに北。人間が足を踏み入れたことのない、永久凍土の果てを指し示している。
「……カイルム様。どうやら、母様が私をこの地に送ったのは、単に王都から逃がすためだけではなかったようです」
「……この魔力の導き……。私が代々受け継いできた『死神の熱』もまた、その門を開くための鍵の一つだと言いたいのか」
カイルム様が私の肩を抱き寄せ、魔導書を鋭く睨みつける。
王都との戦いは終わり、私たちは幸せを手に入れた。
けれど、私たちの「氷」と「熱」には、もっと大きな、世界を司るような秘密が隠されていたのだ。
「……カイルム様。怖くはありませんか? また、平穏な日々が遠のいてしまうかもしれない」
私は、彼の顔を見上げて尋ねた。
カイルム様は不敵に、そしてこの上なく優しく微笑むと、私の額に口づけを贈った。
「案ずるな、エルシア。……どこへ行こうと、何が起きようと、私は君の騎士であり、夫だ。……この謎を解き明かし、世界を君の庭に変えるまで、私は君の手を離さない」
カイルム様の力強い言葉に、私の胸の不安は、新しい冒険への高鳴りへと変わっていった。
幸せな日常。
そして、その先に待ち受ける、未知なる運命。
私たちの「第一章」は、最高の愛を刻んで幕を閉じようとしていた。
けれど、この魔導書が示す輝きは、さらなる物語の始まりを告げる、希望の光だった。
「この謎を解き明かし、世界を君の庭に変えるまで」
カイルム閣下の覚悟、どこまでも深く、そしてかっこいいですわね……!
二人の愛は、もはや一国の枠を超え、世界の理にまで届こうとしています。
アップルパイを焼く甘い日常から、一気に伝説の予感へと。
「不浄」と蔑まれたエルシア様の力が、実は世界を救う「精霊の鍵」だったのかもしれない……。
そんなワクワクするような伏線を残しつつ、物語はいよいよ「第一部・完結」の瞬間を迎えます。
さて、次回は第34話。
第一部の締めくくりとして、これまでの感謝と、
二人の「永遠の愛」を決定づけるエピローグをお届けしますわ。
もし、エプロン姿の閣下とエルシア様のイチャイチャに「ごちそうさま!」と思ってくださったなら、
ぜひ【ブックマーク】と、下の【☆☆☆☆☆】の評価で、
二人の新しい冒険に「祝福の光」を灯してあげてくださいな。
皆様の評価が、第一部を最高の形で完結させ、
そして第二部へと物語を繋ぐ、最強の「魔導書」になります。
次回、第34話(最終話)「永遠の調和、そして……(第一部完結)」でお会いしましょう。
(※最後まで、最高の甘さと感動をお約束しますわよ!)




