第30話:氷の進軍。絶望の王都を飲み込む静寂
「……あつい。エルシア様、空が……空が燃えていますわ!」
ロザリア様の悲鳴に近い声が、夜明け前のノースウォール城に響いた。
窓の外を見れば、本来ならば清冽な白銀に包まれているはずの平原が、どす黒い赤に染まっている。王都から押し寄せる「太陽の暴走」による熱波。それは物理的な温度を超えた、魔力の津波となって北領の境界を焼き始めていた。
「案ずるな、ロザリア。……この地の一片、雪のひとひらさえも、あの狂王には触れさせん」
カイルム様が、重厚な甲冑の音を響かせながら私の隣に立った。
彼の肩には、昨日私が縫い上げた氷の刺繍のマント。その紋章が、迫りくる熱気に抗うように鋭く青く発光している。
「カイルム様。……領民たちが、怖がっています。この熱は、彼らの生きる場所を奪おうとしている」
私はカイルム様の手を強く握った。
首筋に刻まれた「氷狼の紋章」が、彼の鼓動とシンクロして熱く脈動する。昨夜、彼と魂を分かち合ったその瞬間から、私の中にはかつてないほどの巨大な魔力が渦巻いていた。
「エルシア。君はここにいろと言いたいところだが……今の君をこの檻に閉じ込めておくのは、世界に対する損失だな」
カイルム様は不敵に微笑むと、私の腰を抱き寄せ、そのまま城のバルコニーへと躍り出た。
眼下には、招集されたノースウォールの精鋭騎士団と、不安に揺れる領民たちが雲霞のごとく集まっている。
「ノースウォールの同胞たちよ!」
カイルム様の地響きのような声が、熱風を切り裂いた。
「王都は狂った。我らが女神エルシアを『不浄』と呼び、捨てた挙句、今度はその恩恵を求めて魔力を暴走させ、我らが聖域を焼こうとしている! ……我ら北の民は、奪われるのを待つだけの羊か!?」
『否!!』
「ならば、道は一つだ。……我らが女神と共に、あの腐り果てた都を凍てつかせに行くぞ! 真の『調和』が何たるか、奴らの骨の髄まで教えてやれ!」
地鳴りのような咆哮。
けれど、押し寄せる赤い熱波は、その気勢をも飲み込もうと、巨大な火の粉を降らせてきた。兵士たちの顔に焦燥が走る。
「……私の、番ですね」
私はカイルム様の手を離し、一歩、空へと踏み出した。
母様の魔導書。カイルム様の愛。そして、私を「女神」と呼んでくれた領民たちの祈り。そのすべてを氷の核へと凝縮する。
「――静まりなさい。ここは、私の愛する人たちが眠る場所よ」
私が両手を広げた瞬間。
純白の婚礼衣装から、視界を白く染め上げるほどの「絶対零度」の衝撃波が放たれた。
キィィィィィィィィン……ッ!!
空を焼いていた赤い熱気が、私の放った白氷に触れた瞬間、パキパキと音を立てて「透明な結晶」へと変わっていく。
進軍を阻んでいた熱風は、瞬く間に心地よい涼風へと姿を変え、戦場には幻想的なダイヤモンドダストが舞い踊った。
「……おお……。女神様……エルシア様、万歳!!」
兵士たちが、領民たちが、一斉に膝をついた。
絶望の熱波を、たった一息で希望の光に変えたその奇跡。
もはや誰も、私を「不浄の娘」などとは呼ばない。
「……決まったな。全軍、進軍開始! 目指すは王都、リュシアンの首だ!」
カイルム様の号令と共に、氷の道が南へと伸びていく。
私はカイルム様の愛馬に共に跨り、彼の逞しい腕の中に包まれながら、燃え盛る地平線を見つめた。
数刻後。
私たちは、変わり果てた王都ルミエールの外壁へと到達した。
そこは、かつての美しさは微塵もなく、黒煙と悲鳴が渦巻く火の車。
そして、崩れかけた城門の上に、一人の女が立っていた。
「……エル、シア……お姉様……? どうして……どうして、そんなに綺麗なの……?」
ボロボロに焼け焦げたドレス。狂気に濁った瞳。
それは、私の力を奪い、すべてを手に入れたはずの妹、ベアトリスだった。
「……来ちゃだめ。リュシアン様は……もう、人間じゃないわ……」
彼女の背後の王宮から、天を衝くような漆黒の火柱が立ち昇る。
「不浄の氷」と「傲慢な太陽」。
その永きにわたる因縁に、今、終止符が打たれようとしていた。
「我らが女神と共に、あの腐り果てた都を凍てつかせに行くぞ!」
カイルム閣下の咆哮と、エルシア様の奇跡……。
「不浄」から「勝利の女神」へ。
第一章のクライマックスに相応しい、最高の進軍シーンとなりましたわ。
皆様の胸にも、熱い勇気と冷徹なカタルシスが宿りましたでしょうか。
しかし、再会した妹・ベアトリスの変わり果てた姿。
そして「リュシアン様はもう人間じゃない」という不穏な言葉……。
暴走する太陽の核を取り込んだ王太子は、
一体どのような「怪物」へと変貌してしまったのか。
いよいよ次話、第一章の最終決戦。
エルシア様とカイルム閣下の「真実の愛」が、
王都の闇を、そして過去のすべてを凍てつかせる瞬間が訪れます。
もし、エルシア様の凛とした女神の姿に「いけー!」と思ってくださったなら、
ぜひ【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価で、
決戦に向かう二人に、最強の魔力を贈ってあげてくださいな。
皆様の評価が、王都の炎を鎮めるための、
最後の「絶対零度の雫」になります。
次回、第31話「太陽の終焉。氷の聖女の裁き」でお会いしましょう。
(※物語はいよいよ、伝説となるフィナーレへ!)




