表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷の追放令嬢、死神辺境伯の熱に溶かされて幸せになります ~捨てられた聖女の調和魔法で、極北の地を宝石の都へ~  作者: 花菱エマ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

103/110

第103話:生贄なき、調和へ

 私は目を閉じました。


 絡みつく糸の痛みも。焼けるような右腕の呪いも。すべてを遠くへ押しやって。ただこの黒い太陽のいちばん奥にある、飢えの根っこだけを感じ取ります。


 ――あなたは間違って、生まれてしまった。


 千年前、誰かがこの地の恵みを、独り占めするために、造った、いのちを喰らう仕組み。けれどその本質はただいのちのめぐり。奪う向きにねじれてしまっただけ。


 なら、ほどいて、あげましょう。


 私の白氷が祭壇の表面をそっと撫でました。壊すためではなく。凍った、古い傷にあたたかい手を当てるように。刻まれた古文字の、一画、一画をなぞりながら、その、ねじれた向きを逆へと、逆へと戻していきます。


 奪う流れをめぐる流れへ。

 捧げさせる力を、分かち合う力へ。


 きぃん、と。

 澄んだ、鈴のような音が、湖の底に響きわたりました。


 その音とともに、右腕を灼いていた呪いの疼きが、ふっと和らぎます。祭壇のねじれが、ほどけていくにつれて。まるで千年ものあいだ、食いしばられていた歯を、そっと緩めていくように。


 黒かった太陽が、ゆっくりと、透きとおっていきます。びっしりと生えていた糸が、ほどけ、光の細い流れに変わっていく。この地から、奪い上げていた生命力が――今度は、逆に。祭壇から土へ木々へ、人々へと還り始めたのです。


 闇に沈んでいた湖の底が、内側から、ほのかに明るんでいきました。冷たく澱んでいた水が、澄んだ流れを取り戻す。私の氷の殻を無数の細かな光の粒が、ゆっくりと通り抜けていきます。奪われていたものが、みな、あるべき場所へ帰っていく。その流れの中に、私はただ立っていました。


 痩せた湖底の泥から、白い水草が芽吹きました。それはみるみる、緑を取り戻し、小さな花を開かせていきます。黒い太陽はいつしか、澄んだ、青白い光を湛える、静かな泉へとその姿を変えていました。


 調和の泉。奪わず、めぐらせる、いのちのみなもと。


 そしてその中心で。

 あの、弱く澱んでいた光が、ふわりとほどけました。


 もう囚われてはいません。それはしばらく子爵の抱く銀のロケットの、傍らを寄り添うように、ゆらめいて。それから糸の切れた凧が、空へ帰るように。ゆっくりと水面の月へ向かって、昇っていきました。とてもやすらかに。五年ぶりに。


「レネ……」


 子爵の頬を涙が伝います。今度こそ、本当の別れの涙でした。


「行ってしまわれた……。ああ、しかし……安らかに。ようやく本当に安らかに……」


 昇っていくその光に、私も、そっと祈りを添えました。どうか、次に生まれる時は。誰にも命を薪にされることのない、あたたかな陽だまりの中で。今度こそ、安らかにあれ、と。


 私は彼の肩をそっと抱きとめ、そして水を蹴りました。


 氷の殻ごと光の差す、水面へ。囚われていた、すべてのいのちを、この地へ還しながら。


  ◇◇◇


 水面を破った瞬間。


「エルシア!」


 力強い腕が私を湖からすくい上げました。カイルム様です。びしょ濡れの私をそのまま、胸に抱きしめて。


「……無茶をする。心臓がいくつあっても、足りん」


 その声がいつもの決め台詞より、ずっと揺れていて。私は思わず、笑ってしまいました。


「ただいま、戻りました。……ちゃんと二人ぶんの痛みを、抱えて」


 岸を見渡します。


 あれほど、私を憎んでいた群衆が。今は呆然と変わりゆく湖を、見つめていました。黒く淀んでいた鏡湖が、澄んだ青へと色を変え、その岸辺に、夜だというのに、青白い花が次々と開いていく。


 誰も跪きはしませんでした。ただ静かに。自分たちの信じてきたものと、今、目の前で起きていることの、あまりの違いに、言葉を失っていたのです。


 勝った、とは。私にはまだ言えませんでした。

第103話、お読みくださってありがとうございますわ。


湖畔領編、最大のカタルシス。祭壇解放です。

エルシア様は、祭壇を「壊す」のではなく、ねじれた「いのちのめぐり」を、逆へと戻していく。奪う流れを、分かち合う流れへ。黒い太陽が、澄んだ「調和の泉」へと変わっていく描写、いかがでしたか。


そして、五年間囚われていたレネさまの光が、ようやく、本当に、やすらかに昇っていきました。子爵の、今度こそ本当の、別れの涙……。


水面ですくい上げてくれた、カイルム閣下。「心臓が、いくつあっても足りん」――決め台詞より揺れたその声に、エルシア様も、思わず笑みを。「二人ぶんの痛みを抱えて、ただいま」ですわ。


けれど、群衆は、跪きませんでした。エルシア様も、「勝った」とは言えずにいます。

この後味の意味が、次回、はっきりと形になります。


次回、第104話「奪わずに、裁く」。


面白いと思ってくださったら、ぜひ【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】を贈ってくださいませ。

皆様の応援が、エルシア様の、そして私の、何よりの力になりますの。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ