黄褐色の最愛(2)
キアラはイグナシオたちの実母ミニアの従姉で、アグニスハルトはキアラの初恋の君だった。
キアラのデビュタントが近くなり、キアラの祖父であるノーセント先々代侯爵はアグニスハルトにキアラとの婚約を打診した。
しかし、アグニスハルトはすでにノーセント先代侯爵の実弟であるタニマール子爵の娘であったミニアとすでに恋仲だった。
ノーセント先々代公爵は、キアラとの婚約の打診を取り下げた。
直系の孫であるキアラのほうが望ましいが、傍系のミニアでも同じ孫。
すでにアグニスハルトの心が手に入っているなら、下手にキアラを勧めずミニアと結婚してもらおうと考えた。
キアラは納得しなかったが、キアラ以外は納得する結果だった。
ノーセント先々代公爵は詫びるようにキアラに数多くの婚約者を紹介したが、キアラは誰も気に入らず却下し続けた。
夫候補はどんどんいなくなり、適齢期をかなり過ぎたところで焦りはじめても遅く、結局は二十歳ほど年が離れた男の元に嫁ぐことになった。
キアラがそこでどんな結婚生活を送っていたかなどイグナシオは興味はない。
ただ、夫が死んで早々に出戻ってきたところから、夫に対して不満があったことは想像がついている。
キアラが出戻ってきた頃、ミニアは第二子、つまりセレニアを出産した直後だった。
これは後の調査で分かったことだが、隣の領主夫人の茶会に招かれていたミニアの乗った馬車が夜盗に襲われ、ミニアが死んだことの背景にはキアラがいた。
夜盗はキアラが雇ったノーセント侯爵領の破落戸だった。
凄惨なミニアの死を目にしたアグニスハルトは憔悴し、育児を手伝うと申し出たキアラの手を取ってしまった。セレニアが女の子で、女性の手を借りたいという気持ちもあったという。
キアラはセレニアを我が子のように育てた。
セレニアは母親似で、従姉であるキアラにも少し似ていたため、キアラは母親気分に浸れた。
それはアグニスハルトの妻の気分になれ、そしてキアラは公爵夫人のように振る舞いはじめた。
イグナシオはその頃を覚えており、アグニスハルトが遠回しにだが、キアラに対してノーセント侯爵家に帰るように言っていたことを何度も耳にしていた。
そして突然、アグニスハルトが倒れた。
体のどこにも異常がない、でもただ眠り続けるという異常な状態だった。
体内の魔力サイクルが狂わされ、魔法を使っていないのに魔力が大量に体内に流出してしまっていたからだった。
魔力を回復させるには睡眠が必要であるため、魔力を回復させ続けるためにアグニスハルトは眠り続けていた。
治癒魔法は異常を治すことができるが、それには異常な箇所に集まる魔力以上の魔力が必要で、魔力サイクルを狂わされた場所はアグニスハルトの魔力の源とも言える場所。
公爵である彼以上の魔力を持つ治癒魔法師などいまは王妃くらいしかおらず、原因が分かって王妃陛下を領地に招いてアグニスハルトを治癒してもらったものの、それはでは他の治癒師が診て「原因不明」となり続けていた。
アグニスハルトが目覚め、イグナシオはリリアンナの出生の秘密について、アグニスハルトの口から真実を聞くことができた。
―― リリアンナは私の娘ではない。
イグナシオは、リリアンナを自分の妹だと思っていた。
リリアンナがイグナシオの妹だと言ったのはキアラだった。
もちろん、イグナシオも最初はそれを信じなかった。
幼い頃に父親が追い出そうとしていた女性である。
それにキアラはイグナシオの母親のような顔をして、貴族令嬢としての教養があまりないリリアンナより、ノーセント侯爵家できちんと教育を受けたミリディアナのほうがドゥヴァリス公爵に相応しいと言っていた。
リリアンナと離婚させるために馬鹿なことを言っているとイグナシオはキアラに激怒したが、そんなイグナシオにキアラは一枚の手紙とノートを渡した。
手紙はリアンからアグニスハルトに宛てたもので、【スフィアの産んだ子であるリリアンナを、私、リアン・オクタル・トレーデキムの子どもとさせてほしい 】とリアンの字で書いてあった。
そしてノートは、スフィアのドヴァリス領での診療記録のコピーだった。
診察記録を見ると、リリアンナの生まれた年が届出にあった日付と一年以上違っていた。
魔力量の多い胎児の場合は妊娠期間が長いが、診察記録の日付とリリアンナの魔力量からスフィアが妊娠した頃を辿ると、そのときリアンは隣国で外交していた。
その外交は戦争を防ぐためのギリギリの交渉で、当時の記録を見返しても、リーダーであるリアンが途中で抜けて帰国した記録はなかった。
リリアンナの父親はリアンではない。
そして、スフィアがリリアンナを妊娠した頃、スフィアはドゥヴァリス領にいた。
当時を知る使用人に尋ねれば、皆言いにくそうではあったが、イグナシオが粘ると渋々ながらスフィアの病室でアグニスハルトが何度も夜を明かしたことがあることを教えてくれた。
調べれば調べるほど、リリアンナとは兄妹である記録しか出てこなかった。
リリアンナの顔を直視することができず、避ける日々が続いた。それでも愛おしくて、離れることができないまま中途半端な距離を保ち続けた。
イグナシオは焦ってもいた。
リリアンナは妊娠していたからだ。
イグナシオとリリアンナが本当に兄妹なら、リリアンナの腹にいる子は虹の子になる。
ヌラリス王国で、三親等以内の男女でどちらかが貴族、その場合、生まれた子と産んだ母親は死刑。
これは貴族でも免除されない。いや、貴族だからこそ免除されないルールだった。
リリアンナを断頭台には上がらせない。
でも、リアンを父親と今でも慕うリリアンナに真実は教えられない。
真実を教えないことで、子を殺されたリリアンナには憎まれる。
―― 他に愛する女ができた。
その覚悟を持って、イグナシオはあの日を迎えた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。次回は3月2日(月)20時に更新します。




