表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

189/189

Épilogue 「冬の果実と、花の告白」〜光のあとに、日常が咲く〜

冬のパリ。

光と香りに満たされた、静かな朝のテーブル。

シトロンと玲央は、もう神と器ではなく、

ひとつ屋根の下で “生活” を分け合うふたりになりました。


剥いた果実の甘さ、花の色、湯気、そして「愛してる」。

それらはどれも、遠い祈りの続き。

――奇跡のあとにも、日常はこんなにも美しい。


Season 8、最終話のエピローグです。

ここまで読んでくださった方へ、

心からの感謝と、祈りをこめて。

冬のパリ。

アトリエの窓から差し込む光は淡く、

白い壁を金の粉のように照らしていた。

テーブルには、昨日クリニャンクールで買った、

ふたつのカフェオレボールが並んでいる。

そのひとつに、玲央が剥いたクレモンティーヌが山のように積まれていた。

香りが広がるたび、空気が少し甘くなる。


「ねぇ、もう六個目だよ」


「……気がすむまでだ」


「ボウル、もう満杯だよ」


「冬の太陽を集めてんだ。うるさい」


玲央は苦笑しながら、最後に剥いたひと房をそっと手に取った。

そして、それを静かにシトロンの唇へ運ぶ。

甘い香りがふたりの間に満ちる。


シトロンは照れ隠しのように、花瓶の方へ視線を逸らし、

市場で選んだ花を生け始めた。


白いアネモネ、淡いピーチ色のラナンキュラス、

そして枝先に金の粉のようなミモザ。

それぞれの色と香りが、

冬の光の中でやさしく寄り添っていた。


その隣で、玲央はタブレットを開き、

古代エーゲの遺跡と装飾の資料を静かにめくっていた。


青い波の文様、欠けた柱、

失われた祈りのかたち。

遠い時代の破片が、

今、この部屋の空気とゆっくり溶け合っていく。

クレモンティーヌと花の香りが、かすかにシトロンの体温を連れて漂った。

玲央はその香りに息をのんで、そっと声をかける。


「きれいだね。……この配置、完璧だ」


「完璧じゃない。

 少しずつずらして、呼吸を合わせているだけだ」


シトロンは花瓶の角度を微調整しながら、指先で花の茎をなぞった。


「白は希望。

 桃色は、惹かれた証。

 黄色は……太陽。」


玲央が首をかしげる。


「つまり?」


シトロンはわずかに息を詰め、視線を逸らした。


「つまり、お前が光で、俺はその光に咲いているってことだ。

 お前がいないと、俺は咲けないってことでもある」


玲央は一瞬、言葉を失った。

そして、そっと微笑み、

果実の香りの残る指先で、

シトロンの頬に触れた。


「……シトロン」


「ん?」


「愛してる」


シトロンは目を閉じ、その言葉をまるで光を吸い込むように受け止めた。

花瓶の中で、アネモネが小さく揺れた。

ミモザの花粉が、朝の光を帯びて金色に散った。


クレモンティーヌの香りと、冬の陽光と、ふたりの呼吸。

それだけで世界が、静かに満ちていく。


Φῶς, γένοιτο.

――光よ、あれ。


この章をもって、

Season 8「島とパリの祈り」は幕を閉じます。

花を生け、果実を分け合いながら、

ふたりは“人としての生活”を始めました。

ここまで読んでくださったあなたに、

心からの感謝を。


Merci d’avoir lu jusqu’au bout.

Puissions-nous nous retrouver un jour, quelque part,

là où le bonheur déborde doucement.


――またいつか、どこかで。

幸せがそっと満ち溢れていきますように。


F.de la lune

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ