82.専属執事は確信し
定期テストも終わり、放課後。
俺は、王都で買い出しの荷物を両手いっぱいに抱えて歩いていた。顔がギリギリ隠れてしまう量で、前が見えない為厄介である。
とはいえ、バランス的にも、重さ的にも頭の上に載せるのは無理である。
店の売り出し文句を耳に流しながら学園に向かっていると、
「おいおい、兄ちゃん。身綺麗な格好して、そんな荷物抱えて、どこ行くんだ?」
常習犯のような複数人に、取り囲まれた。
「……」
荷物が邪魔して主犯格が見えず、首を斜めにかしげると、やっと見えた。
人数は、5人。覇気も無く、少し武芸に長けている程度だろう。
やろうと思えば、秒で瞬殺できる。
だが、ここは王都の表通りのド真ん中で、そんな事をすれば周りの人間に危害が及ぶ。それを踏まえて、わざとそうしているのだとしたら、ずる賢い奴らだ。
どうにか穏便に解決できないかと考えあぐねていると、男達が待ちくたびれ、一斉に襲いかかってきた。
荷物を下に置き、迎え討つ準備をした瞬間。
「大丈夫」
花のような柔らかい声が、耳を通った。
フードを被った人物は、疾風のごとく男達の足を払い、殴りかかってくる勢いをそのまま利用して別の男へと投げ飛ばした。
足を掴まれれば、その足を軸にして回し、立っている男の足へ叩きつける。
倒れ込んだ隙を逃さず、鋭い手刀で首筋を打って気絶させた。
舞うように、優雅な仕草ですべての動きを成すと、彼女は止まる。男が立ち上がろうとすれば、足で踏んだ。
……容赦が無い。
風が吹き、フワッと、彼女が被っていたフードが脱げる。
絹糸をよったような長髪が顕になった。
……ああ……見覚えがある。
「大変だったわね。まったく、困った方たちも居るものだわ。けれど、彼らにも事情があったと考えてみれば、複雑ね……」
こちらを向かず、フードが外れたことも気にしていないように彼女は言う。
シンプルなドレスだが、それが、彼女の金髪を引き立てている。
「それにしても、久しぶりにやったけれど、腕は衰えていないわね。まあ大しては経っていないもの、当然かしら。……あ、そうそう」
ようやくこちらの存在を思い出し、手をパンと合わせる。
「ごめんなさいね、大丈夫?怪我はないかしら?」
ふわりとドレスを泳がせてこちらを振り向いた。
太陽のように暖かく、花がほころんだような笑みから、目が離せなかった。
「……ソフィア」
茫然と彼女の名を呟くと、彼女と目が合った。丸くなっていた目尻が再び戻り、「え、あ、え」と当惑して、表情を崩す。
その顔も、俺がよく知っているソフィアのものだ。
「ッ……!」
彼女は、人波をかき分け、走って行ってしまう。
「ソフィア!」
俺も、荷物を再び持ち直し、急いで彼女を追いかける。
耳を澄まし、歩数やテンポが彼女と一致しているものを探したが、変えているのか見つからない。辺りを見回して、黄金に輝く金髪を探すが、とうとう見失ってしまった。
「……ソフィア、だった」
確実に。
この俺が、あいつを見間違えるはずがない。真正面から見て、声まで聞いたのだ。
しかし、疑問が残る。
さっき、彼女は俺が知っているソフィアのような態度で人に接していた。そして、助けた相手が俺と分かったから、動揺して逃げたのだ。
「これで、確実になった」
今までは、推測の域をどうしても出なかったが、今回のことで絶対的な自信が沸き起こる。
ソフィアは、俺達に嫌われようと、演技している。
何故俺達に対してだけなのか、どこまでが演技なのかは分からないが、それだけは言える。
良かった。これで……
「ソフィアと堂々と接することが出来る」
彼女が演じる理由を探すために。
俺は、力強く、一歩一歩を歩いていった。あそこに向かって。
◇ ◇ ◇
「……で。ギル、俺達に話したいことってなんだ?」
レオン様の部屋で、フランク様は手を組んで俺に問いかけた。
隣に座っているレオン様も、俺をじっと静かに見つめていた。
ふーっと溜息をついてから、俺は口を開いた。
「ソフィアは、俺達に嫌われようと、演技しています」
「……!」
「……っ!?」
確信を持って言い放たれた言葉に、瞬きが一瞬止められた。
「……どうしてそう思うんだ?」
フランク様からの問いかけに、俺は事前に用意しておいた答えを並べる。
「今日の夕方頃、俺は王都へ行き、暴漢に絡まれました。対処しようとした所、俺だと気づいていないソフィア…様が、俺を助け、そして、俺達が良く知っている彼女のように話し、屈託なく微笑みました。そして、俺だと気づいた瞬間、動揺し、逃げ去りました」
ソフィアは大分動揺していたのだろう。
通常ならば、そこで切り替えて、偽善に見せかけるなどしただろうに。
場では、予想が事実となった事に、沈黙が続いていた。
「ソフィア様は、きっと私達が知っている彼女より、思っていたよりは変化していない筈です。俺だと気づく前までは、全部、ソフィア様らしかったです」
彼女をこの中で1番見てきたギルが言うのならば、そうなのだろうと彼らは考えるが、こうとも思う。
「ソフィアお姉様は、一体何が変わったんだろう。根本は変わっていないんだろうけど、重要な、根本に近い所が変わってしまった。それは、なんだろう」
ぽつりと呟いたレオン様に、フランク様が淡々と答える。
「情報が足りないからな、分からない」
それから、俺達がするべきことを示す。
「俺らが出来るのは、ロベリア伯爵令息が、ギルが見つけたあの魔導書のページの魔法を行使していき、ソフィアにかけられた魔法を発見して解除するということだけだ。俺等の目的は、あいつをもとに戻すってことなんだからよ」
常に冷静なフランク様が頼もしく思えた。
「というかさ、僕達だって頑張ってるのに、何でギルが活躍する確率が高いの?ひどくない?」
頬を膨らませ、服の袖を引っ張ってくる。
俺は、苦笑しながら、返答を返した。
「まあ、こればっかりは、運も関係ありますからね」
「知ってるけどさ〜!」
丸めた拳でポカポカと殴ってくるが、勿論手加減されているので痛くも痒くも無い。
役に立てず、悔しいという思いはよく分かる。
俺は、その拳を、レオン様が気が済むまで受け止め続けた。
「明日もテストはありますが、勉強なさらなくて良いのですか?」
「うん、するよ。でも、もう眠いから朝しよっかな」
確かに、それが1番だと思い、レオン様の就寝の準備をし始める。
フランク様も、欠伸をして伸びをする。
そして、玄関に向かって歩いていく。
「明日、ロベリア伯爵令息に声かけに行くで良いか?」
こくりと頷くと、フランク様は眠たげな表情で言った。
「じゃ、また明日な」
「うん」
「はい」
彼を見送ると、俺は扉を丁寧に閉め、鍵をしめる。
その拍子に、手鏡がするんと懐から落ちてしまった。しかし、地面へ落ちる前に手でキャッチし、再び懐にしまう。
「ギル、どうしたの?」
「いえ、大丈夫です」
そう言って、俺は就寝の準備を手伝いに走った。
手鏡に、小さな亀裂が入っていることにはまだ気づいていなかった。




