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80.執着執事はその結末を認めない

 Sクラスの教室に自分の足で辿り着き、ギルはレオンを呼ぼうとしたが、その前に教室の前に立っていたローラと目があった。

(あ、やば……)と思って左腕を隠したが、時すでに遅し。

「いやぁぁっ!?ど、どうしたの、その左腕!」

(あ、終わった)

 すん、と思わずなってしまう。

 がくっと地面に膝をついたローラが、体を震わせながら、困惑しつつも心配そうに大丈夫なのかと尋ねてくる。

「えっと、説明は後できちんとします」

 一先ずレオンに話さなければとギルは教室を覗いて、レオン様を呼ぶ。


 

「んー?どうしたの?」

 ギルは左腕を隠していたためレオンは気づかないままギルの元へ行く。

「左腕を怪我してしまいまして」

「え、そうなの?ギルが?」

 誰にも負けなさそうなギルが、安全なこの学園で怪我をするなんて……と、戸惑ったような声だ。

 ギルは、一先ず見せたほうが早いだろうと考え、左腕を彼に見せた。



 すると、レオンは目を大きく見開いた。

「……ごめん」

 深く傷ついた目が、自分を見つめていた。

「え」

「早く、保健室に行こう」

 手を取って、急ぎ足で彼は歩き出す。予想していた反応と違うことに、ギルは状況をあまり掴めていなかった。

 どうやらレオンは深刻な問題だと捉えているようだ。

「少し待ってください」

 ギルが声を張り上げると、レオンは足を止め、振り返って言った。

「歩くの辛かった?ごめん、そこまで考えられてなくて。お姫様抱っこは、される側の負担って少なく済むかな」

(何だ?レオン様の様子が変だ……)

 真剣な眼差しでお姫様抱っこをしようとしてくるレオンに、後退しながら、ギルは首を振る。

「大丈夫です」

 ギルの顔色が、徐々に悪くなっていく。ただでさえ、限界だったのだ。普通ならば、とっくに気絶している。

 動きも、妙にぎこちない。

「そんなこと言わず、ほら」

(やっぱり、何か変だ)

「いえ、大丈夫で——」

 ギルの視界が、唐突に漆黒に染まった。



「ギル……!?」

 薄紫がかったピンクの髪が、動揺したようにサラッと揺れた。


 ◇   ◇   ◇


 ——目に映ったのは、見覚えのない景色。

 身体が勝手に動き、床へと降りる。

 

 ……?なんだ……?何処だ、ここ……。

 

 この身体は幼いのか、視界が低い。

 手には、ナイフが握りしめられている。女の子のであろうベッドに、身体が音を全く立てないまま近づく。プロの暗殺者並の技術である。


 状況を確認しようとしても身体が動かない。

 

 首が動いて周囲を確認し、ナイフを心臓の位置に向かって振りかざす。その瞬間。

 背後に気配を察知し、反射的に身体が反転してナイフを構えた。

 だが、別の男が死角から襲いかかってきた。

 思考よりも早く、身体は滑らかなジャンプでそれを躱しながら手首を返したが、手応えはない――斬ったはずの感触が、まるでない。

 そのまま空中で鮮やかに回転し、追撃の背中蹴りを放ち、続く足払いも完璧な軌道で繰り出した。しかし、すべての攻撃は紙一重でかわされ、遂には男たちにねじ伏せられ、硬い地面へと叩きつけられてしまった。

「っ!」


 今はどんな状況だ?俺は誰で、ここは何処なんだ!?


「……あら、もう捕まえちゃったの?」

 

 聞き慣れた声がした。けれど、少しいつもより声が高い。

 目の前のベッドで、彼女は足を組んでいる。


 ど、どうして……そんな……


 静かな狂気を孕んだ瞳。

 7歳の彼女に、歪んだ笑みが浮かんでいた。

 その小さな口から発せられたのは、冷ややかな声。

「プロの暗殺者も、私の下僕達の前では無力なのね」

 蔑むような声に、『俺』は彼女を睨みつけるように見上げる。


 どうして、ソフィアが居るんだ……!?


「離していいわ。……ふふ、暗殺に失敗した餓鬼が戻ったらどうなるか、見ものね」

 彼女の瞳には、『俺』が……「ギ(・)ル(・)・(・)ジ(・)ョ(・)ー(・)ン(・)ズ(・)」が映っていた。

 

 ——違う。

 こんな展開ではなかった。俺が知っているのは、ここでソフィアが俺を執事に勧誘して、俺が断る話で……。

 男達……執事の先輩達だ——も、居なかった。


 そこからは、一緒であった。

 頭領は、失敗した俺に対し、一切の容赦をしなかったのだ。

 しかし。

 

「は〜い。ごきげんよう、ギル?」

 暗殺集団のアジトの中で、ソフィアが頭領の背後から、平然と笑って前へ出てきた。

「な、何で貴方がここに……」


 ソフィアは、俺の所属していた組織とは関係がなかったはず。むしろ、滅ぼして……

 

 彼女は、手で顎に触れ、無垢な表情で首をかしげる。

「えぇ?私が買い取ったんだもの、当たり前じゃない」

「買い取った……?」

 困惑が頭を埋め尽くす。

「ええ、そうよ。執事に貴方の帰りを追わせて、このアジトを突き止めて、買収したの。何人も撒かれて、苦労したのよ?」

 浅い笑みに、心臓がドクンドクンと音を立てて鳴り始める。

「何で買収なんて……」

 俺の呟きに、彼女の口角が引き上げられる。

「だって、面白そうだったから」

 息を呑んだ。


 違う。こいつは、『ソフィア』じゃない。いや、ソフィアだけど、ソフィアじゃっ……!

 もう何が何なのか分からない。一体どうなっている!?

 

 ソフィアが、へらへらとしながら『俺』に語りかけてくる。 

「そうそう、貴方、弟がいるのよね?病弱な。そのせいで、暗殺者になって、体を売ったりしながら心を殺して何人も暗殺しているのでしょう?可哀想、この子のせいで」

 プチンと、糸が切れる。

「エドワードのせいなんかじゃない!」

「——口答えなんて求めてないの」

 低すぎる声色に、ゾワゾワゾワッ!と、鳥肌が立つ。が、キッと睨み返す。

 彼女はエドワードに向き合いながら、「じゃ〜ん」と銃を出す。嗤いながら、銃口をエドワードの心臓の位置に向ける。


 ばくんッ……!

 

 心臓が掴まれたような衝撃が走る。

「や、やめろ……」

「ん?」

「やめろ……やめてください……お願いします。何でもしますから!」


 俺が知っているのは、悪魔とも契約しようとした俺を助けてくれたのは、「ソフィア」だった。

 なのに、今は、「ソフィア」がエドワードを殺そうとしている。

 どうしてこんなのを見せるんだ!

 俺に何を求めるというんだよ……!

 

 ソフィアは冷酷に引き金を引く。

 俺は手を伸ばす。

「エドワードだけは……!」

 

 ソフィアにだけは……!

 

 バァン!

 銃声が鳴り響き、血が吹き出した。

 エドワードが崩れ落ちる。『俺』は、ただ一心不乱にエドワードに駆け寄り、抱き締めた。

 声にならない絶叫が上がる。

「あはっ……! そう、その顔! 絶望で瞳の光が消えていく瞬間……本当に美しいわ……!」

 ソフィアは心底楽しそうに、愛おしそうに俺を見下している。


 何で……こんなにも、豹変したソフィアに似ているんだ……。

 

 血の海の中で泣き叫んでいる俺の髪を、ソフィアは優しく撫でる。


 この世界は一体何なんだ……!現実じゃない。夢なのか!?

 

 耳元で甘く囁かれる。

「貴方を活かしておいて大正解だったわ。こんな良いものが見れたんだもの」

 胸の中に、靄が溜まっていくような感覚。

「あ・り・が・と」


 ……!

 

 アハハハッ!と高笑いしながら彼女はその場を去っていく。

 俺は、冷たくなっていく弟を抱いたまま、ピクリとも動かない。


 動け……動け……動け動け!俺の身体なんだから言うことを聞け!追いかけて、話を聞けよ!


 強く思っているというのに、『俺』はまるで動かない。

 怒りも、悲しみも、悔しさも――すべての感情が、淡く消滅していく、不思議で、嫌な感覚だった。


 ひしひしと感じる。ソフィアから、死の気配が。

 ……駄目だ、彼女が破滅してしまう未来なんて。

 夢だとしても、俺はそんな結末認めない!行け!助けろ!ギル・ジョーンズ!!

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