↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/100

79.執着執事は迷わない

「ええ……」

 どのような方法で探し出そうかと考え始めると、ローラから声をかけられる。

「どうかしたの?レオン様にそのショール渡されたみたいだけれど」

「あ、はい。昨日、図書館でレオン様が寝てしまったらしく、そして起きたときにこのショールがかかっていたそうで」

 既視感はあるが、思い出せないと続ける。

「……昨日の、いつ頃?」

「日を超えてはいたかと」

「成る程ね」

(可愛らしいわね、あの御方は)

 彼女は全て分かったかのように、呆れたような、困ったような顔をすると、瞼をゆっくり閉じ、再び開いた。

「私が渡しておくわ」

「え、ローラさん、もう分かったのですか?」

「ええ、勿論。私は、逆にどうして貴方が分からないのか不思議でならないわね」

「え……?」

 その言葉に、弱気に視線を下へ向けて、ギルは考え込む。数秒考えたが、それでも考えつかない。

「取り敢えず……僕が渡します」

「……そう。早く思い出しなさいね」



 始めの挨拶が聞こえ、授業が始まった。

 ギルはローラに一礼して、自分の仕事に取り掛かり、再び男子寮へ戻ろうとした。

「——思い出した」

 足が止まった。


 ◇   ◇   ◇


 「ソフィア」

 背後からかけられた声に、ソフィアはわざとらしく、ハーッと深い溜息を吐き出して振り返った。

「何? 私に話しかけないでって言ったはずよ、ギル」

 彼は腕に抱えたショールを両手で前に出す。

「このショール、ソフィアのだよな?」

「……違うわ。けれど知り合いのものだから渡してあげる」

 奪うようにそれを取ると、視線を合わせないようにそっぽを向く。ギルはソフィアをじっと正視しながら、言った。

「何回見たと思っているんだよ。気づいたら、それにしか見えないぞ」

「……常体で話して良いなんて言っていないわ」

「昔のソフィアには許可されたからな」

 ソフィアは軽く睨んだが、ギルは気にした様子はない。


 

「それと……最近、流石に横暴がすぎないか」

 「いや、横暴かは分からないけど、人を傷つけているし」と続けた、ギルの静かで真っ直ぐな言葉に、ソフィアはピクリと眉を動かした。

「――やめてくれる?」

 柳眉がつり上がった。

「貴方は確かに、まだ私の専属執事よ。けれど、貴方は平民。それを忘れないで? 自分の立場を勘違いして、私と対等な立場にいるなんて思わないで頂戴?」

(……そんなこと、思ったこともない)

 ソフィアの冷酷な言葉を浴びながら、ギルは内心で自嘲気味に呟いていた。

(貴族と平民。光と闇。住む世界の違う俺たちが、同じ立場になんてなれるわけがない。そんなことは、最初から分かっている)

「……勿論、わかってる」

 常の無表情ではなく、眉が下がった笑みだった。

 恐らく、彼はその表情を自覚はしていないだろう。

 ソフィアは一瞬息を呑んだが、すぐに、その端正な顔に歪んだ笑みが浮かんだ。



「ふふ……なら良いのよ。貴方は所詮、私より下。私に生意気な口を利いても良い立場じゃないの。口の利き方、ちょっと躾けてあげよっか?」

 ソフィアが右手を掲げると、その掌の上にゴウッと激しい炎が燃え上がった。

「怪我したくないなら、大人しく避けることね。まあ、避けたらその瞬間、専属執事から外してクビにしてあげるけど」

 可笑しそうに目を細め、にやけた口に指を添えている。

 当たったら大怪我確定。避ければ、クビ。

 進退窮まる状態だ。

「アハハハハハッ」

 挑発的に高笑いをしながら、ソフィアは中規模の火球を、躊躇なくギルの顔面目がけて投げ放った。

 ギルは――迷わなかった。



(当たったら、大怪我になるのは分かりきっている。だが、避ければ、二度とソフィアの側にいられなくなる。俺は、金持ちでもないたかが平民なのだから)

 ゴウ、と熱風が迫る中、ギルは一歩も引かない。

(俺が今何をするべきかなんて、1つしか無い)

 臆すること無く、むしろ自ら進み出るようにして、——その炎を、身体は当たることなく、左手で正面から受け止めた。

 「……は?」

 ソフィアが、その場に凍りついたように固まった。


 

 パチパチと服の袖が焦げる嫌な音が響く。

 浅い呼吸が、時々止まる。

 熱風によって一瞬で水分が蒸発し、皮膚が硬く縮こまって黒く変色した左手。

 側胸部を右手で庇うようにしながら、胸が締め付けられるような苦痛に顔を歪めて、ソフィアをただ真っすぐに見つめた。

「っ……これなら…っ避けた判定には……入らないよな。ソフィア」

「っ…ハ、アハハッ!ばっかじゃないの?そんな大怪我して。片腕なら良いと思った?利き腕じゃなくても、今後使い物にならないわよ。たかが専属執事の座の為に……あ、いえ、違ったわね。年収高いもの、そう簡単には渡せないわよねぇ?」

 嘲笑する。

 ソフィアは、当然ギルの思いは分かっている。今までの記憶はあるのだ。

 だから、『そういうこと』なのだ。

「違う!俺は、お前の執事だったから……

「ええ、よく分かっているわ。筆頭公爵家の長女の専属執事って絶対良いわよね。しかも護衛兼でしょ?うわ〜良い仕事よね?」

「っ……違う!違うんだよ!」

 ギルは痛みに顔を歪めながらも、ソフィアから目を逸らさなかった。じんわりと涙が出てくる。

 一歩、また一歩。

 焦げた皮膚が引きつる激痛を押し殺し、静かな激情を纏ってソフィアへ踏み出していく。

「俺は、お前が貴族じゃなくても、平民でも、お前の側にいられれば……!」

 吐き出すようなギルの叫びが、至近距離でソフィアの鼓膜を揺らした。

 遮る余地すら与えないほど切痛で真っ直ぐな声に、ソフィアの呼吸が一瞬、止まった。

 

 

「っ……馬鹿じゃないの?」

 ソフィアは言い捨てると、不愉快そうに彼に背を向けた。

 カツカツカツ、と地面を叩く彼女の足音は、いつもより明らかに早く、動揺に乱れていた。


 

「ちょっと君! 何をやっているんだ! 命を捨てるような行為はやめなさい!左手が……!」

 ソフィアが去った後、近くで一部始終を見ていた教師が慌てて駆け寄ってくる。

 当然だ。

 普通ならば、話すのも億劫になるほど、痛いはずだ。

「今回は大丈夫だったものの、一歩間違えれば大惨事だぞ!」

「大丈夫です。死なないんで」

 ギルはぶっきらぼうに答えた。

(あれくらいの炎、無力化することも、直前でいなすこともできた。俺にとっては、幼子の戯れに過ぎない。だが――それではダメなのだ。「避けた」と言われてしまえば、駄目なんだ)

「……この選択をしたのは、俺だ」

 ぼそっと、呟きが落ちた。


 

 皮膚のバリアが壊れて体液が急激に失われ始め、血圧が急低下する。

 強烈な立ちくらみ、吐き気、冷や汗、意識の朦朧と、嫌な症状が連発だ。

 それでも立って、そしていつもと変わらないように歩いているのは、尋常でない。

「……さて、この手、どうしよう」

 ひとまずレオンの教室に向かいながら、絶対にブチギレられ、心配されるのだろうと思い始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。