77.悪役令嬢は紅茶を優雅に持ち上げて
「じゃあ、早速魔法の練習していくか?」
フランクがそう問いかけると、レオンが言った。
「フランク、何か忘れてない?」
「?なんかあったか?」
重要な何かがあっただろうかと、彼は首を傾げる。レオンはプルプルとしながら、バンッ!と片足をテーブルに乗っけて、強く言い放った。
「そう、定期テスト!!そんで、僕達今のところ何ひとつ勉強してないんだよ!!!」
拳をぎゅっと固く握りしめた。
「確かに、いつやっているのだろうと思ってはいましたが、まさか何一つしていないとは……」
ギルの少し呆れたような、驚いたような言葉に、ダメージが入る。
「うん。何なら、今日ギルがあの魔法見つけなかったら、明日1日で頑張って、明後日の定期テスト迎えてたかも」
「え、そうだったんですか。俺今日見つけて良かった……」
まさかの告白に、呆然とギルは呟いた。
「おいおい、計画はきちんと立てなきゃだぞ。てか、習った範囲でのテストなんだから、何も勉強しなくても満点なんて余裕で取れるだろ」
「……そ、そんなこと出来るのは、お前くらいだよ!!!僕達はそんな天才じゃない!」
ドッカーン!と火山が爆発するかのように、レオンはフランクの発言にブチギレた。
一瞬掴みかかりそうになりながらも、理性で抑え、キレただけの自分を自分で褒める。
「あ……ごめんな」
彼にとって嫌なことを言ってしまったと、フランクは怒られて気づき、非常識なことは言わないようにしないといけないと、改めて反省した。
「ううん、僕も強く言い過ぎちゃった。ごめんね」
怒りが直ぐに収まったらしく、ハッとして、穏やかにレオンは謝った。
「よし、じゃあ、魔法の練習は定期テストが終わった日の次の日からで!僕が声かけるよ。宜しくね!」
その言葉を合図に、彼らは明後日に迎える定期テストの勉強を開始した。
◇ ◇ ◇
ー食堂ー
もう太陽も落ち、夕飯を食べに来ている生徒が増えてきた。
勿論ソフィア達もその中の1人で、ソフィアは途中で勝手についてきた側仕え達を引き連れながら、空いている席を探していた。
なにぶん大人数であり、また、席をソフィアと離すのを嫌がる者が多いのだ。
無視しても良いのだが、以前してみると、周りの生徒にあたったり不機嫌さを強調して見せつけてきたりとうざったかったので、それも迷う。
「ソフィア様、いつもデザート無しでサラダ多めですが、偶には食べたくはならないのですか?」
不思議そうに、取り巻きの1人がそう声をかけてきた。
学園に雷を落とした時のあの男子生徒である。この前の事件から、熱量がさらに上がった。
「夜には食べないようにしようかと思って。けれど、朝や昼は果物を選び取っているでしょう?」
「成る程。ありがとうございます!」
「……貴方、紅茶はあるわよね」
ふと、彼女はそう尋ねた。
「は、はい!勿論です」
嬉しそうに答えた彼に、喉が渇いたからよこすよう言うと、喜んで差し出してくる。
忠実すぎる仕事ぶりに、薄笑いをしたが、「ありがとう」と受け取る。
自分の分の食事は取り巻きに持たせている為、片手にティーカップを持って歩くと言う不思議な状況になった。
「そろそろ歩くの疲れたわ」
「は、はい。直ぐに……」
席を空けさせようとする彼を止め、彼女は紅茶を優雅に持ち上げる。
「大丈夫よ」
目の前にいた令嬢の肩へ優しく手を添えると、ソフィアは微笑みを絶やさぬまま、もう片方の手でその頭上から悠然と紅茶を注ぎ落とした。
「何すん……!ソフィア様!?」
顔を険しくして振り向いたが、自分にそういうことをした相手が誰か分かり、目を見開く。
「っ……ぁ……」
どう言おうか令嬢が迷っていると、ソフィアが、口角を上げ、目を細め、優しい目つきで、微笑した。
「とってもお似合いだわ、さっきよりも素敵になったわね。ボードリー子爵令嬢」
画面だけ切り取れば、ありえないくらい優しい笑みを浮かべているソフィアだ。
「〜!私はこれでっ!」
顔を茹でダコのように真っ赤に染め上げ、制服のスカートを強く握りしめて彼女とその取り巻きたちが走り去っていった。
尊大に構えながら、ソフィアはふっと笑う。
「貴方達も、さっさとどいて頂戴」
にこりと微笑むと、テーブルにいた者達は、一目散に料理を持って逃げ出した。
バチンッ……!
気の弱そうな令嬢と視線がぶつかると、彼女は弾かれたように慌てた後、ペコリと丁寧に頭を下げ、別の席を探しに歩いて行った。
開いた席にソフィアは座り、取り巻きが従者のように恭しく彼女の前に料理を置く。
胸にかかっていた金髪をさらっと払いのけ、それから手を合わせて食べ始めた。
「——前から思っていたのですが、ソフィア様の、食前と食後に手を合わせるのはどういうことなのですか?」
「あら、こんなことも知らないの?これは、異国の文化よ。料理に関わる人達や物達に感謝の気持を伝える目的があるそうだわ」
「流石ソフィア様!物知りで……
「ふーん。俺も知らなかったな」
取り巻きの声ではない、聞き馴染みがありすぎて舌打ちしそうになる声が聞こえた。
「……何の用です?ロペス子息」
ソフィアの隣に、フランクが座っていた。
「よ」
笑顔を浮かべて、手を振った。
「いや〜盛大に紅茶ぶっかけてたな。『とってもお似合いだわ、さっきよりも素敵になったわね。ボードリー子爵令嬢?』の所、おもろすぎたぞ。爆笑するかと思ったな。そんでさ〜……」
にやにやとしながら、彼は楽しそうに話していく。
「お前、あからさまに嫌そうな顔するのもどうかと思うぞ」
「あら、私、そんな顔しておりませんわよ。見間違いではありませんこと?」
眉を寄せながら、彼女は続けた。
「私、貴方にそのような口調で話しかけて良いと言っていないのですが、失礼ですわよ。やめてもらえます?」
「俺達、幼馴染だろ?」
「そのような関係はもう切ったはずです」
ソフィアは、我慢ならないというように、席を立って他の場所に行こうとする。
それを見て、引き止めるようにフランクは声をかけた。
「おいおい、別のところに行くのかよ」
「貴方がいると、食事に集中出来そうにありませんので」
彼女はつんと顔を背けると、美しく歩き始める。
「ソフィア」
「何です……
「俺は、今でも友達だと思ってるぞ」
「……」
フランクのまっすぐな言葉に、ソフィアの足がぴたりと止まる。
一瞬だけ背中を強張らせた彼女だったが、振り返ることも、反論することもなく、静かにその場を立ち去っていった。




