76.幼馴染達は訳を話す
学園図書館の禁書庫で、レオン達3人は魔導書を読み調べていた。
「……」
「……」
「……」
全く何も話さず、黙々とページを捲っている。
これももう、1ヶ月以上だ。
本当に見つかるのかという思いが出てくることもあったが、諦めることは出来ない。地道な作業ではあるが、これが1番確実で手っ取り早かった。
「……あ」
リズムよく動かれていた手が、ピクリと止まった。ギルのルビーのような真っ赤な瞳が、それを真っ直ぐ射抜いている。
その様子に気づいた2人が、彼をちらりと見た。
視線に気づいたギルは、顔を上げ、彼らに向かって言った。
「見つかったかもしれません」
◇ ◇ ◇
その時、ロベリア伯爵が3男シエル・ロベリアは、図書室で、魔法の行使の仕方について書かれた魔導書を読みふけっていた。
少し楽しそうに読んでいる姿は、ついひと月前まではあり得ないものだった。彼にとって、魔術とは嫌悪し、恐怖すべきものだった。
あの人によって変えられるまでは。
本に、濃い陰がかかった。
何かと思い、彼が顔を上げる。そこには——
「ねえ、ちょっと良い?」
次期筆頭公爵を真ん中にして、次期宰相、さらに異様な存在感を放つ執事が立っていた。
ヒュッと息を呑んで、顔をうっすらと青ざめる。
レオンが鋭い目つきで彼を見つめ、少し険しい表情でクイッと右手を後ろへ動かした。
低く重い声で、ゆっくりと話す。
「一緒に来てくれる?」
◇ ◇ ◇
「えっと、ここは?」
まだ青白い表情で、恐る恐ると尋ねる。
言われた通り椅子に座り、ギルから出された美味しい紅茶を飲んでいるが、緊張感は無くなりやしない。
レオンは魔導書をテーブルに丁寧に置き、彼と向かいの椅子に座って言った。
「僕の部屋だよ」
「れ、レオン様の……」
ガクブルと震えながら、シエルは必死に相槌を打つ。
「あ、あの、どのような用で……。け、消されますか?」
「えぇ?ふっ、面白いこと言うね。僕そんな怖い人に見える?」
ふはっと小さく吹き出すと、朗らかな笑みで問い掛ける。
(見えました。少なくとも、ついさっきまでは)
シエルのそんな心情など露知らず、レオンは優雅にティーカップを持ち上げた。
「協力して欲しいことがあってね」
「協力して欲しいことですか?」
レオンは頷くと、ギルに目配せをする。
ギルはその合図を受け取ると、テーブルに置かれた一冊の魔導書をテーブルの真ん中に置いて、あるページを開いた。
「この文字は……古語ですか?」
「うん、そうだよ」
隙の無い笑みが、不気味に感じる。
「ソフィアお姉様が学園入学して直ぐに豹変したことは知っているよね?」
「はい」
「僕達、ソフィアお姉様がどうしてそうなったのか、戻すにはどうすれば良いかを調べているんだ。魔法によるものだとほぼ確定していて、魔導書で様々な魔法を調べてきたのだけど……初めて古語が出てきてね。さらに、魔法名と解説の所は古語でもなく、何かの文字なんだ」
「そう……なんですね」
大人しく聞いているシエルだが、どうにも他人事のようにしかなれない。
師匠が関係する話であるのだが。
「そこでね、僕達は思ったわけだよ。これは重要な、危険な魔法だと。例えば、心身を操ったりするものとかね。だけど、肝心の魔法名と解説の所が読めない。これは困った」
わざとらしく手を上げる彼に、シエルは焦るように言った。
「シルヴィア様、この前の古語の授業で才能を発揮してましたし、シルヴィア様ならいけるかもしれませんよ」
レオンは首を横に振る。
「僕達も考えたよ。だけどね——
『シルヴィア様、この本のこの部分を読んでいただけないでしょうか』
『え?ええ、勿論……』
快諾してその文字を見た彼女は、一瞬止まり、沈黙した。ほんの僅かな時間、彼女の瞳の奥で、光がかげった。
それから、眉を下げて、困ったように言った。
『申し訳ありません。この文字を、私は読むことが出来ないみたいです。お役に立てず、すみません』
『いえ、そんな。ありがとうございます——
「そんなこんなで、シルヴィア様も無理だったらしくて。そんな時、思い出したのはこの情報。君は魔法の才能が桁違いだってね」
「そ、それって……」
何を要求されるかが何となくわかってしまい、シエルは顔を引きつらせる。
レオンは、怖いくらい満面の笑みで言った。
「そう。君がこの魔法を行使して、何の魔法かを調べて欲しいんだ」
(とうとう言ってしまった……!)
シエルは冷や汗をだらだらと流しながら、どうしようと内心慌てている。
「……こ、断るのは……」
「無理だよ」
(ですよねー!)
おどけた調子で答えたレオンに、彼は身体を縮こませた。
「ですが、僕まだ魔法の練習してないですよ」
上目遣いになりながらそう伝えると、3人は素っ頓狂な声を出した。
「えっ、ソフィアお姉様のことだから、もう結構進んでいるのかと思ってたよ。結構、進度遅いんだね」
「同感だ。あいつは、ささっとやりそうだよな」
「物凄く分かります。スパルタで、毎日レッスンとかしそうですよね」
「え〜!完全同意だよ!」
楽しそうに話し出す彼らに、どうしていいか分からず戸惑ったが、おずおずと口を開いた。
「お力になることができなさそうなので、僕はこれで……」
椅子から立ち上がって外に出ようとするが、前はギルに塞がれ、後ろはフランクがおり、退路を断たれてしまった。
大人しく椅子にカムバックすると、レオンが不思議そうに首を傾げた。
「ロベリア伯爵令息は、ソフィアお姉様を元に戻そうとは思わないの?」
悪意がある刺刺しいものではなく、単純な疑問に、ホッとしてシエルは話しだした。
「僕は、師匠と出会ったのは師匠が変貌してからなので、その前はよく知りません。ですから、僕は師匠の変貌前に、執着は無いに等しいんです」
(師匠って呼んでるんだ……)
「成る程な。まあ、そう思うことを強制するわけじゃない。俺たちに協力してくれるだけで良いんだ」
『師匠』が気になったレオンの代わりにフランクが淡々と答えると、シエルは緊張が解けてきたらしく、怯えずに質問を返した。
「師匠は、横暴とかもありますけど、物凄く悪いかと聞かれると、違うと僕は思います。そんなにも頑張って戻す必要はあるのですか?」
「……」
沈黙が流れ、(じ、地雷踏んだかも!?ヤバい!?)とシエルが青ざめる。
暫く誰も言葉を発しない時間が続いたが、口火を切ったのはギルだった。
「失礼ながら、良いでしょうか」
「許す」
ありがとうございますとペコリと礼をしてから、彼は静かに語り始めた。
「ソフィア様の今の態度は、人を傷つけまず。彼女がこれで良いと言うなら俺達は何も出来ないですが、口では否定しても、今の生活に充実感を覚えていない様子です。俺の勘違いかもしれませんし、自己満足だとは思います。ですが、彼女が『こうさせられている』のだとしたら、ソフィア様の意思ではないのだとしたら、ソフィア様にかかっている魔法を解きたい——俺はそう考えています」
彼の曇りのない目に圧倒されるように、シエルはただただ空気を見つめる。
そんな中、ギルの言葉に付け加えるように声が聞こえた。
「僕は、例えば僕のよく知っているソフィアお姉様が魔法にかけられた状態で、今が魔法が解かれた状態だとしても、きっと今と同じ行動をしたよ」
「それは何故ですか?」
なぜか、同志であるはずのギルが、そう尋ねる。レオンは間髪を入れず答えた。
「あのソフィアお姉様は、偽物じゃないと思うからだよ。というか、偽物とか本物とかどうでも良いんだ。考えるだけ無駄だよ。僕は、あのソフィアお姉様が好きで、会いたいんだ。『僕が惚れた女性』にね」
柔和で、それでいて強気で、傲慢で——なのに魔性の笑みが浮かんだ。
その笑みに、シエルは息を呑んで魅入ってしまう。
レオンの瞳の奥には、絶対に揺らがない決意と、甘い愛着、どんな犠牲を払ってでも目的を果たすという底知れない執着が揺らめいていた。
「……そうだな。まず理由なんて要らないしな。したいと思ったからする、それじゃ駄目か?」
3人の回答を聞き、シエルは口を開いた。
「駄目じゃ……ありません。御三方全員、師匠を大切に思っているんですね。……対して力にはなれませんが、僕もレオン様たちの言う師匠に会ってみたいですし、協力いたします」
「本当ですか!?」
小さく微笑んだシエルの手を、ガシッと前のめりになってレオンは掴む。
ビクリと肩を揺らしたシエルを見て、フランクが「やめてあげろ」と言うと、直ぐにレオンは手を離して謝った。
「僕達も、魔法は使ったことはありませんが、魔術に関しては長けているので、お手伝いします。それでは、宜しくお願いします!」
「……はい」
照れくさそうに、シエルははにかんだ。




