彼女達は何が為にそれを纏う2
「簡単に羨むことが出来るなんて、浅はかですわね」
冷笑しながら、テーブルに肘をついて顔を支える。
この前襲撃されたことを思い出しながら、シルヴィアは優しく宥めるように述べた。
「ナイフ、おろしてくださりませんか?」
「どうして、大嫌いな貴女の言うことに耳を貸さねばならないのです?」
決してブレないソフィアの手をじっと見つめながら、シルヴィアは不思議そうに呟いた。
「手慣れていますね」
「そうであって欲しいですか?」
シルヴィアは少し間を空けてから、自分らしく素直に答える。
「どちらでも良いですかね。どちらだとしても、私達が口出しできるものでは無いでしょう」
(『どっちでも良いと思う。私は、どっちの…も好きだよ』)
あの言葉と重なった。
「……そう」
ソフィアはナイフをくるんとスムーズに1回転させて、再び刃を向ける。
目を細めて、何もしない。じっと目の前のシルヴィアを見つめているようで、彼女を見ていない。しかし、彼女を見つめている。
「シルヴィア様、私、ずっと知りたかったことがあるのです」
きっと駄目なことなのだろうと分かっていても、その目が嗤っていないから。
シルヴィアは、彼女から目が離せなかった。
「人って、死んだらどうなるんでしょう」
(私が転生したのは必然だったのか)
ゴクリと、初めてシルヴィアが緊迫感を漂わせる。
「死ぬ時、どのように死ぬのでしょうか。私が今手を滑らせたら、血が沢山出ますよね。苦しいでしょうね。痛くて、それで……。どんな感じなのですかね」
(——私は、死んだ時の事をよく覚えていない。ものすごく痛かったのは覚えている。どんな感じで死ぬことになったのかも。だけど、具体的なことは、覚えていない)
「死んだら……どこに行くのでしょう。天国?それとも……それで終わり?」
その目は、光が消え失せ、不気味で身震いするものだった。
「慈愛深くてお優しい聖女様……」
いつもの、愉快そうな歪な笑みを浮かべる。シルヴィアはホッとしたように、軽く強張っていた表情を解いた。
「私に教え——
カキィンッ……!
「っ!?」
ソフィアの瞳孔が広がった。
「シルヴィア様、ご無事ですか!?」
近くに隠れていたらしいカインが飛び出して、ソフィアと引き離すように間に入り、シルヴィアに駆け寄る。
「大丈夫です」と少し驚いている様子を確認すると、彼は直ぐにソフィアに振り返った。
「手は大丈夫かい……!?私が投げた木の枝が、君の持っていたナイフに当たったのだが」
手袋越しにソフィアの右手をとった王太子を一瞥して、その手を叩き落とす。
手袋を整えながら、彼女は言った。
「結構です。心配するならば、最初から投げないでくださいますか?」
カインはソフィアの右手に視線をやってから、眉を下げて小さく笑んだ。
「……それはすまない。君にその気がなかったとしても、手元が狂ってしまう可能性があったからね。何か起きてしまう前に、させてもらったよ」
「そうですか。賢明な判断だとは思いますわよ」
つれない態度にカインは苦笑したが、ナイフが飛んでいった後直ぐにシルヴィアに寄って声をかけていた令嬢達をちらりと見る。
その目は、鋭く肝の座った目だった。
ほんの少しだけ、瞬きもせず凝視していたが、直ぐに優しく微笑んだ。
「怪我はなかったかい? 恐ろしい思いをしただろう。さあ、顔色が悪いようだ。今日はもう部屋に戻って休むといい」
「あ、ありがとうございます」
彼女達は頬を赤くしながらペコリと頭を下げてから、その場を去っていた。
「シルヴィア様も、どうぞ。お望みでありましたら、私の護衛を数名つけます」
「いえ、私は——
「シルヴィア様」
言おうとしていたシルヴィアに声を被せて、カインは名を呼んだ。
少し困惑しているシルヴィアに、彼は笑顔崩さないまま、強情に言い放った。
「どうぞ、お部屋に」
「……分かりました」
不審な態度に疑念を覚えつつも、シルヴィアは頷いて、その場を離れた。
「……サブジーナス嬢、どうしてシルヴィア様にナイフを?」
「ふふ、野暮なことをお聞きになりますのね。分かっているでしょうに」
「……そう、なんだね」
彼は深く考え込む。
「……あまりしないほうが良い。今回も、危なかったよ。聖女が国のかけがえのない財産だと、君も理解している筈だ。サブジーナス嬢は、無知ではないだろう」
ソフィアはにこりと優しく微笑んだ。
「私の持つ力を使えば、聖女を殺したって平気です」
「国民達の反感を買うよ。国民達からの好感度は、圧倒的な力を誇っていたとしても、重要だ」
「……」
ソフィアはカインを観察するようにじっと見つめる。
「どうしたんだい?」
「……いえ。ただ、気になりまして」
「何をだい?」
怪訝な目で彼は小さく首を傾げた。
彼女は少しためらうと、意を決した表情で話しだした。
「今日の殿下は、苛立っているような気がしますの」
「——え……」
目を大きく見開いた。
そのまま、呆然と、呼吸も忘れて動かず、数秒。
急に視線が泳ぎ、開いていた口は、何かを必死にこらえるようにぎゅっと不自然に強く結ばれ、顎や唇の端が微かに震えた。
瞳が揺れた。
「……でん
「あ!そうだった。今、急用を思い出してね。すまない、私はもう行かなければ」
「で……
「話はまた今度しよう。私の都合で、申し訳ない。それでは、また明日」
カインはその場からタタッと走り出す。
徐々にそのスピードは上がり、本来なら出さなくてもよい速度にまで上がっていた。
男子寮の彼の部屋まで、全力疾走で。
「っ!」
歯を食いしばり、顔を俯かせてその場を駆け抜けた。小さく震えながら。
キランっと、光るものが横に流れた。




