74.悪役令嬢はスパルタコーチ
「改めて、師匠、お久しぶりです」
女子寮の魔法鍛錬部屋で、シエルはソフィアに向かってペコリと礼をした。
「そういえば、3週間くらい会っていなかったわね。久しぶり」
彼女は表情を変えないまま、問いかける。
「課題はやってきた?」
「あ……はい。一応、体力づくりメニューを毎日」
ソフィアが出した、『1日に、筋トレ10種類各300回と放課後のランニング』という、体力のない人にとっては地獄のメニューである。
「あと、魔術詠唱の言葉を全部覚えてきました……」
地獄のメニューを毎日きちんとこなし、追加でやってきたなんて、誇っても良いことなのだが、まだ自分に自信が無いのかそんな様子はない。
「やる気があるようでなによりだわ。よくやったわね」
「あ、ありがとうございます……」
褒められ慣れていないのか、ソフィアに褒められたことが嬉しいのか、照れたように顔を桜色に染めた。
「じゃあ、早速練習していくわよ」
「は、はい!」
チョコレートブラウンの髪を払うと、深呼吸をする。
気合の入った様子に、満足そうにソフィアは笑みを浮かべると、行使する魔法について口にした。
「火魔術第7位階」
バッ!
血相を変えて彼女に振り向いた。その目には、困惑と疑念が混ざっていた。
「本気ですか……?」
「ええ」
前回は第1位階までしかやっていないというのに、急に最上位の第7位階をやるというのだ。正気を疑う。それに。
「禁忌魔術ですよ……?」
土色の表情で訴えかけられるが、ソフィアは平然と答えた。
「バレなきゃ問題無いわ」
話の通じない師匠に、彼はガクッと膝をついた。
禁忌魔術は、行使したら死罪か同等の刑だ。
「し、死ねと?」
「皆どうせやっているもの、大丈夫よ。安心なさい」
「僕の家は、そこまで偉くないですっ……!」
「……」
ソフィアは、何も言わない。ほんの少しだけ眉を顰め、彼がどうするのかを伺っていた。
そんな中、彼は、ゆらあっ……と頼りなく揺れて立ち上がる。
「……やります」
「いや、そんな泣きながら言われても」
シエルは、禁忌魔術を行使したことが発覚した時にどうなるかを想像してしまい、恐怖で静かに泣き出していた。
(ぎ、ギロチンは嫌だ。火あぶりも、絞首も、全部いやだぁっ!)
乱れてしまった息を、必死に整える。
「大丈夫……大丈夫……」
自己暗示をしながら、シエルは震えている手を前に出した。
師匠であるソフィアには逆らえなかったし、なにより、何か大事なことであるように感じたのだ。
ソフィアはそっと彼の真後ろに立つ。
「火魔術 第7位階……
ブワッと。
熱気を感じ、ソフィアが上を見上げる。
そこには、彼女が見たことの中でも一番の、擬似的な、小型というには大きすぎる太陽が在った。
「〜〜っ!」
ゾクゾクっと、恐怖と同時に__快楽を覚えた。
ソフィアはこらえられずに笑みを浮かべる。
「『創世の終焉』」
『太陽』が、地面に、衝突した。
「っ!」
カッと目を見開いたソフィアは、咄嗟にグイッ!と力任せにシエルを引き寄せて、その勢いのまま後ろに飛ぶ。
ドンッッ!
「カハッ……!」
地面に叩きつけられ、強烈な痛みが走り、苦痛の声を漏らした。
だが怯まず、同時に氷魔術の結界を張る。
その直後、変な音が聞こえた。
「……」
シエルは何が起こったのか掴めておらず、口をだらしなく開け、ぱちくりと目を瞬かせた。
「いっ…た……」
後ろから聞こえた声に、背後を振り返る。
シエルが、ソフィアの上に座っていた。
「どいて……」
ソフィアが、上目遣いで彼を見上げた。
「すみません!」
勢いよく飛び退くと、結界にガン!と頭をぶつけ、シエルは痛そうに頭を押さえる。ソフィアは残念な人でも見るかのように彼を眺めてから、ふーっと一息ついた。
「……外、出てみるわよ」
足を斜めにそろえて座っていたソフィアが、緊張感を纏わせた声で言い放った。
シエルの頷きを確認すると、彼女は慎重に結界を解いた。
「「……!」」
目の前に広がった光景に、2人は言葉を失った。
地面が、ガラス状のクレーターに化していたからだ。
「「……」」
沈黙の中、地面は元に戻っていく。
完全に地面が戻り、ソフィアが身体を打ち付けた際に出来た打撲や擦り傷も消えた。
「シエル……」
ソフィアの声に、びくりと肩を跳ね上げる。唇をきゅっと結んで、眉を寄せて黙り込んだ。
それから、怯えたように彼女を見つめる。
「……貴方、一発蹴りたくなるくらい規格外ね」
ソフィアの最大の威力の時の、何十倍の威力だった。
「……え?」
シエルは一瞬呆然とフリーズしたが、ゆっくり顔を和らげ、破顔した。
「何ですか、それ……っ」
涙をうっすらと目に浮かべながら、あははっ!と大声を上げて。楽しそうに、そして——嬉しそうに。
「……?」
彼の反応が不思議で仕方がなく、彼女は困惑した色を見せる。
ソフィアは、てっきり、「?ど、どういうことですか?蹴らないでくださいね!」と、顔を青くして真面目に言うかと思っていた。
化け物を見る目でもない。道具として利用しようとする歓喜でもない。
ただ「規格外すぎていっそ呆れた」と言わんばかりの、どこか投げやりで、それでいて自分を等身大の人間として扱ってくれる呆れ顔。
(父みたいに、喜んで、才能を褒めて称えたり、罪悪感や恐怖に顔を歪めて謝ったりしない……)
異常な物でも恐ろしい兵器でもなく、ただの「弟子」として見てくれている。普通の人にとっては分からない感覚かもしれないが、彼女の言葉が、シエルには何より嬉しくて、救いだった。
(僕の師匠が、『ソフィア様』で、良かった……っ!)
本当に、嬉しかった__。
◇ ◇ ◇
「何故笑っているのか意味が分からないけれど……まあ良いわ。じゃあ、全魔術を行使してみるわよ」
「え」
シエルは破顔していた顔を仏像のように硬直させる。
「さ、始めるわよ」
手をパンと叩いて、スパルタコーチの顔で彼女は至って真面目に言った。
「……い」
ジリッと一歩下がる。声が震える。
「いやだぁぁぁぁぁっっ!」
絶叫が学園に響き渡った。
次回、75話 彼女達は何が為にそれを纏う 今日の夕方頃、投稿します!




