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73.王太子は思案にふける

 熱くなった胸が落ち着き始めると、ある重要であろうことを思い出した。

「そういえば……ローラさんが不思議なことを言ってたな」

 最近、学園の授業後や休日に、ソフィアがたった一人でどこかへ出かけてしまうらしい。しかも、その度に大量のお金を消費しているのだと。

「買い物というわけでもないらしいし……一体何をやっているんだろうな」

 高価な料理などの消耗品系という線も薄い。

 追跡をローラさんは途中で撒かれてしまったらしいが、気になる話だし、今度は俺が尾行してみようか。



 大量の金銭消費、といえば——今、学園内では『シルヴィア様の襲撃犯はソフィアなのではないか』という不穏な噂がまことしやかに囁かれている。

 そんなはず、あるわけがないのに。みんな、ソフィアのことを分かっていない。

 俺は心の中で冷ややかに首を振った。

 そもそもソフィアは、そう簡単に誰かを嫌いにはならない。そして仮に嫌いになったとしても、陰でコソコソ誰かに殺人を依頼するような真似は絶対にしないはずだ。

 殺すなら、正々堂々自分の手で直接手に掛ける。……もっとも、それすら滅多にないだろうが。

 ソフィアのやり方は、きっとこうだ。

 虐めて、虐めて、徹底的に虐めぬく。そして復讐しようなどと思えないほどに、完璧に屈服させるのだ。

 たとえ暴漢を雇ったとしても、殺そうとするのはあり得ない。


 

「あの噂を真に受ける奴の気持ちが、俺にはわからないな」

 あの事件をソフィアの仕業だと疑っている周囲の人達の考えが、俺にはさっぱり理解できなかった。


 ◇   ◇   ◇


「カイン様、お耳に入れておきたいことが」

 王城にある王太子の執務室。

 執務をこなしていたカインへ、側近の1人が声をかけた。

 カインは手元を動かしたまま、問いかける。

「急用かい?」

「はい」

 その返答に、カインは動かしていたペンを止め、顔を上げた。



「聖女様の襲撃犯たちが、牢の中で死亡いたしました」

「……は?」

 思わず、いつもの完璧な王太子としての口調が崩れる。

 込み上げる動揺を押し殺しながら、カインは冷静さを取り戻すように言葉を継いだ。

「毒殺かい?」

「はい」

 カインは眉根を寄せ、張り詰めた声で問い詰める。

「尋問は、既に済んでいたんだよね?」

「……いえ」

「ハァ……」

 カインは頭を抱え、深々と溜息をついた。

「何をやってるんだ、担当の奴らは」

 隠しきれない苛立ちを滲ませ、吐き捨てた。

「申し訳ございません。毒殺を手引きしたと思われる者は、既に拘束しております」

「お前が謝る必要はないよ。それと、そいつの処分はまだ下すな。罪が確定した場合は即刻処刑とする」

「はっ」


 

 カインは独り言のように呟いた。

「聖女への殺人未遂は大罪だ。犯人達もいずれは死罪となる運命だったとはいえ……肝心の黒幕へ繋がる道が途絶えてしまうとは……! 警備の者たちには気を引き締めるよう伝えておいてくれ。『次は無い』とも」

「承知いたしました。今後の捜査につきましても、抜かりなく進めてまいります」

 側近は流暢に言葉を返すと、深く礼をとり、静かに執務室から出ていった。

「……」

 静まり返った部屋の中で、カインはその端正な顔を曇らせ、深く思案にふけっていた。


 ◇   ◇   ◇

 

「サブジーナス嬢、少し良いかな」

 学園の食堂。取り巻きである男子生徒達に囲まれているソフィアへ、カインがいつもの無駄にキラキラとした笑みを貼り付けていない中、声をかけた。

「……手短にお願い致しますわ」

 カインは重々しく口を開く。

「君は……シルヴィア様の襲撃事件に関与しているかい?」



 その言葉が出た瞬間、ソフィアの取り巻きたちが一斉にあからさまな警戒心を向け、カインを睨みつけた。

 ソフィア自身も冷ややかな視線を一瞬だけ向けたが、すぐに微笑む。

「いいえ、とでも言っておきましょうか」

「……」

 あえて疑惑を深めるような態度。

 「どんな追及をしてくるかしら」とソフィアが相手の反応を予想する中——

 カインの表情がふっと和らいだ。

「なら良かった」

 ふわりと、まるで心から安心したかのような優しい笑みを浮かべたのだ。

「!?」

 予想とはあまりにかけ離れた反応に、ソフィアは喫驚する。

 まさか、警戒を解かせるための高等テクニックなのではないかと考え始めまでした。

「しかし、学園では君が犯人なのではないかと疑っている者も多い。面と向かってハッキリ否定しておかなければ、後々面倒なことになると思うから、早めに否定しておくことをお勧めするよ」

「……」

 彼女は鳩が豆鉄砲を食ったようにしながら、唖然とする。

「それと、魔法の行使や暴力など、学園内での危険行為はよしてくれ」

 「それじゃあ」と短く告げると、カインは早々にその場を去っていった。

「な、なんなの……」

 残されたソフィアは、珍しく呆然とした声を漏らすことしかできなかった。


 

 一方、その場を離れたカインは、ぶつぶつと小さな声で呟きながら自分の席へと向かっていた。

「……ソフィアは、やっぱり白だろうな。だとしたら、一体犯人は誰なんだ……? ——には居ない?変わってる——」

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