69.悪役令嬢は側近を再びおとす
それから、ソフィアは宣言通りシルヴィアへ虐めを執拗に重ねていた。
廊下ですれ違いざまに
「きゃっ!?」
直々に足を引っ掛けて派手に転ばせる。
そして、顔面から地面に盛大に倒れ伏したシルヴィアに対し、ソフィアの顔色を窺いながらも慌てて手を差し伸べた者には、忠告を与えるのだ。
「私に逆らうなんて、随分と命知らずね、別に構わないけれど、まあ……次は無くてよ?」
大抵はその余裕に満ちた絶望的な笑みに怯えて逃げ出すか縮こまるのだが、時には正義感に駆られてか睨み返してくる者もいる。
「国の宝である聖女様に、虐めなんて下劣な真似をして、恥ずかしいとは思わないのですか!?」
相手が男子であれ女子であれ、彼女の対応は一切変わらない。
華のある笑みを浮かべて一瞬だけ相手の意識を奪ったかと思えば——次の瞬間には、視線だけをフッと外し、興味を失った手つきでパチンと優雅に指を鳴らした。
花がほころぶような、甘く、けれどぞっとするほど温度のない声が唇から零れる。
「さようなら」
怒りも、嘲笑すらもない。取り敢えず視界から排除しようとするような圧倒的な無関心。
自分の誇ってきた正義や存在のすべてを「空気未満」として扱われた相手が、屈辱に顔を歪める暇すら与えない。
その軽やかな5文字が言い終わると同時に、瞬時に側近たちが数人がかりで相手を取り押さえ、速やかに連行していく。
行き先は決まって、理事長室。そして連れていかれた者が、翌日以降学園に姿を見せることは二度とない。
——しかし、ごく稀に、数人がかりで抑え込もうとしても敵わない『武闘派の強者』が居る。大抵は、筋力などは無駄に強いが、頭の回らない愚か者だ。
そんな時、ソフィアはどうするか。
答えは単純——『自らの武力で屈服させる』。
優雅な仕草で合図を出して拘束を解かせた直後、相手の無防備な腹部へ前蹴りを叩き込み、一撃で吹き飛ばす。
「アッ……!?」
勢いよく廊下の壁に激突し、苦悶の声を漏らす。
衝撃的な激痛に苦しげな表情をするが、それで終わりなんて優しい話があるはずもない。
コツン、コツンとヒールの音を響かせ、ソフィアがゆっくりと近づいてくる。
「あ……っ、あ……あ……」
恐怖に顔を歪ませていようが、反抗的な瞳を向けられていようが、彼女にとってはどちらでも同じこと。
ドスッ——
容赦なく、その顔面を靴底で踏みつけた。
体重をかけ、痛みが最も伝わる角度で、器用に足を動かす。
しばらくして満足したように足をどけると、プライドを粉々に砕かれて失神しているか、あるいは静かに涙を流しているのが常だった。
しかし、今回は
塵と靴底の跡で汚れた顔で、屈辱に震えながらも、殺気すら込めてソフィアを力強く睨みつけていたのだ。
「……っ!」
ソフィアはスカートの裾を上品に整えながら、丁寧にその場へしゃがみ込んだ。
そして男の顔を覗き込み、至近距離からじっとその顔を観察する。決して目を逸らさない。
「あぁ……素敵……♡」
頬をかすかに紅潮させ、心底満足そうに——どこまでも奇怪な笑みを浮かべた。
「処理宜しく〜」
ソフィアは振り返りもせず、上機嫌に歩きながら背後へヒラヒラと手を振った。
「はっ!」
完全に下僕と化した令息たちが、忠実な犬のように手際よく行動を開始する。
「ソフィア様、最近やりすぎなのでは……」
すると、側近の一人が、珍しく進言してきた。
「……本気で言ってるの?」
「はい」
ばつが悪そうに彼が視線を泳がせると、ソフィアはクルリと可憐にターンし、彼の方へ振り返った。
バリバリバリッ……!!
その瞬間、禍々しい雷光の筋が周辺の空間を鋭く支配した。
チリッと煙を上げ、進言した側近の制服の袖口が少しだけ焦げる。
ソフィアが威圧するように紫電を放つと、周囲からは「ひいっ!?」と情けない悲鳴が上がった。
……にもかかわらず、側近たちは「ソフィア様のお力……!」とキラキラと目を輝かせているのだから、間違いなく狂信者かドMの集まりである。
「それでぇ?も・う・い・ち・ど、言ってくださる?」
「あ……いえ……」
何故か顔を火照らせて言葉を失う側近を、あざ笑うかのように、彼女は天候すら支配してみせる。
ついさっきまで澄み渡っていた晴天が一瞬で暗転し、大粒の雨が降り注ぐ中、霹靂が轟いた。
ズドォォォォンッ!!
天地をひっくり返すような衝撃音が、学園全体を激しく揺らす。
「きゃあああぁぁぁっ!?」
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
部外者たちの耳障りな悲鳴を心底不快そうに聞き流しながら、ソフィアは高圧的に収束させた雷の束を槍のように彼の間近へと突きつけてみせる。
「私が間違ってるということかしら?」
勝ち誇った顔で、彼女は意地悪げに微笑んだ。
「……っ、ひぅ……っ」
収束した紫電の熱気が頬を撫で、側近の男は弾かれたように両肩を跳ねさせた。
男らしくて格好良いと評判の彼は、今や自分の胸元で両手をぎゅっと握りしめ、身を小さく縮こませている。
じわじわと顔面を朱に染め、顔は斜めに俯かせているのに、瞳は必死にソフィアを見つめている。
「ソフィア様が、正義です……っ」
はぁ……っ、と熱く上ずった吐息を漏らす。
「良い子ね__」
完全におちた彼の顎へ、ソフィアは白く細い指先をそっと添え、慈愛すら漂う笑みを向けたのだった。




