67.悪役令嬢は顔面に叩きつける
「ソフィア様、今日は何のオーダーを?」
机越しに前に対峙する女店長に向け、ソフィアはにこりと優雅に微笑む。
「今日は、オーダーだけではありませんの。……このドレス案について、どう思われますこと?」
何枚かのドレスのデザイン紙を、丁寧に彼女の方向に並べる。
「……これは!」
彼女は目を見開いた。
乙女ゲーム「アマリリスの聖女」の舞台は、中世ヨーロッパ風の世界である。
だが、現実の中世とは異なり、キリスト教が存在しない為、髪を覆い隠す風習もなく、女性たちは自由な髪型を楽しんでいた。
しかし服装に関しては、従来の『ブリオー』のような胴にフィットした長いチュニック形式が主流で、創作物でよく見かける多様で華やかなドレスの形状は、この世界には存在していなかった。
ウエストを絞り裾が華やかに広がる『プリンセスドレス』、人魚のようにしなやかな『マーメイドドレス』、そして胸下からの切り替えで優美な『エンパイアドレス』。
ソフィアは社交界に、新しい流行を爆発させようとしていたのだ。
「右から順に、プリンセスドレス、マーメイドドレス、エンパイアドレスと名付けました。従来の概念を覆すドレスとなるのですが……どうでしょうか」
店長は暫くデザイン画に見入っていたが、真剣な面持ちで顔を上げた。
「発想は実に素晴らしいものですわ。何かの『きっかけ』さえあれば、世界中にブームが巻き起こるかもしれません。ですが、その『きっかけ』こそが至難の業。格式を重んじる方々からの批判も予想されますし、それをクリアしなければ流行らせるのは難しいかと……」
「きっかけは考えてあるわ」
「え?」
店長は驚きの声を上げる。
たかが14歳の世間知らずの令嬢が、そんなこと出来るはず無いと思っていたのだ。
ソフィアは不敵に微笑む。
「私が着るわ。お母様も。……それとね、良い案があるの」
まるで秘密話でもするかのように、声を潜めた。
「ファッションショーを、開くのよ」
彼女の口から出た言葉に、店長は呆然としながら未知の単語を呟いた。
「ファッション……ショー……?」
思考を滑空させる店長に対し、ソフィアは丁寧にその全貌を説明する。
「ドレスを既に仕立てておいて、それを然るべき場所でレッドカーペットの上でそのドレスの魅力を最大限に引き出すことが出来るモデルが歩き、止まって様々な方向を向くの。それを一斉に披露する。きっと、社交界に大波乱が巻き起こるわ。注目度も高いでしょう。どうかしら?」
「……」
とてつもないアイデアをさらりと言ってのけたソフィアに感嘆しながらも、店長は職人としての知恵を巡らせる。
大胆な賭けではあるが、社交界の頂点に君臨する筆頭公爵家が全面的にバックアップしているのはあまりにも頼もしい。
「具体的な日時や場所はどういたしますか?」
この話に、乗る以外なかった。
◇ ◇ ◇
「あんたさ、何でAクラスに居るのよ!男爵の娘のくせに、生意気なのよ!」
「え……でも、私が決めたわけじゃ……」
「はあ!?私があんたより劣ってるって言いたいわけ!?お前なんかより私の方が優秀に決まってるの!これ以上虐められたいわけ?」
学園の廊下で、Cクラスの伯爵令嬢達が、Aクラスの男爵令嬢を虐めていた。彼女らは実際はA・Bクラス相当だが、その性格が災いして、Cクラスまで落とされていた。
「ご、ごめんなさいっ」
「なら、この紙に、署名してくれる?」
「え……」
伯爵令嬢は男爵令嬢に退学届の紙を差し出した。その上を見た瞬間、顔色を大きく変えた。
「む、無理だよ、こんなの……学園を卒業しないと貴族として認められないもん……」
「え〜?でも、虐められたくないんでしょ」
「だけど……っ」
「書けって言ってるのよ!」
なかなか書かない男爵令嬢に痺れを切らし、伯爵令嬢は大声を上げた。「ひっ」と小さな悲鳴が上がる。
「ねえ、書いて?ほら、書いてちょうだい?書かないと……もっと虐めてあげる」
耳元で、主格の令嬢は優位を誇るかのように囁いた。男爵令嬢は顔を真っ青にさせる。
加害者の令嬢たちはその怯えようがおかしいのかクスクスと笑い、無理やりペンを握らせた。
「書ーけ、書ーけ、書ーけ」
周りの生徒たちは関わり合いたくないと顔を背け、関心のないフリをして通り過ぎていく。
「書ーk__」
「はーい、皆さんこんにちは。ソフィア・サブジーナスでーす」
通りかかったソフィアが、リズミカルに、ニコリと可憐な笑みを浮かべて割り込んできた。
「そ、ソフィア様!?あ……ちょ、丁度良いですわ。こいつ、男爵家のくせにAクラスになるなんていう不相応なことをしましたの。今退学届を書かせているところですわ。ソフィア様も一緒に……!」
「は?そんな品のない行為、するわけ無いでしょ」
彼女たちの誘いに、ソフィアはその美しい顔を歪ませた。予想外の返答に、令嬢たちは思わず思考を停止させる。
ソフィアは怯える男爵令嬢を一瞥すると、胸元から数枚の書類を取り出し、いじめを主導していた令嬢たちの顔面に容赦なく叩きつけた。
「やるんだったら……これくらいしなさいな」
バサリと散らばった用紙には、こう印字されていた。
『強制退学書 執行人:ソフィア・サブジーナス』
ソフィアはフッと鼻で笑う。
「う、嘘……」
その書類には、間違いなく彼女たち全員のフルネームがあらかじめ記載されていた。
「嘘じゃないわ。この私を嘘つき呼ばわりするの?今直ぐ私の目の前から消えて頂戴ね」
無邪気に楽しそうに微笑んでいるのに、声には絶対的な威圧感がこもっている。
「ご、ごめんなさ……」
「謝罪は要らないの。さ、理事長室、行ってくださる?」
完璧すぎる退路の遮断と圧迫感に、令嬢たちはショックのあまり白目を剥いて泡を吹き、その場に崩れ落ちた。
ソフィアは倒れた彼女たちにゴミを見るような視線を投げかけると、何事もなかったかのように優雅に去っていった。
「え!?ひ、人が倒れてる!?だ、大丈夫ですか?」
バッ!と勢いよく振り向いた。
この口調……誰か、皆さんはわかりましたか?




