66.悪役令嬢は訪問して、命令をする
ソフィアは、ある計画を立てていた。
前世の知識とこの世界の魔法、権力財産を駆使して、砂糖を生産し、市場を確保することだ。
史実の中世ヨーロッパでは気づかれておらず、18世紀に知られたのだが、砂糖はサトウキビ以外にも、テンサイからも作ることができる。そして、テンサイは中世ヨーロッパの土壌でも普通に育つことができる。
テンサイを育てる時に、スラムから人を連れて行けば、職のない人も減らすことが出来る。身寄りがなく、社会的に逃げ場のないから、恩で精神的に縛り上げて一生裏切れない手駒にもできる。
公爵家領内には、スラムや近しいものは既に存在しない為、王都から連れて行く他無い。
そして、水魔術をスラム出身ながら巧みに操ることが出来ると噂の15歳くらいの少年を、脅……交渉して、テンサイから糖分を抽出するのを手伝ってもらうことにしたのだ。
時間のかかる煮詰めの作業は、風魔術のエキスパートと名高いスラムの女性に、水分だけ蒸発させ、代行させる。
勿論全員に、並の給料以上の給料を渡す。特に魔術を扱える2人には。
スラム出身だから、この話を逃す手は無いだろう。断ったり、非関係者にこの話をしたら、〇〇(自主規制)して○すとも言っている。
説明はしたから、各自頑張ってもらうだけだ。
脅して奴隷にして無償で働かせることも出来たが、作業効率が悪くなってしまうからやめたのよね。まあ、仮の家も用意し、1番最初に1人金貨5枚、日本円で100万円相当も渡してやったんだもの。良い仕事をしなかったら、奴隷として売りでもしましょう。
王都の職人街を歩いていると、ある看板がかかっている店を見つけた。
ソフィアは、微笑み、そのお店の門をくぐった。直ぐそこに、広大な作業場が広がっていた。
「はぁ〜い。ご機嫌よう」
従者もつけずに入ってきた身なりのやたら良い女性に、職人たちは手を止め、眉を顰める。
「……らっしゃい。1人で何の用だい?お嬢ちゃん」
不審人物を見る職人達の視線に、彼女は面白そうにフッと笑う。
帽子を取った。美しい金髪があらわになる。
「親方をさっさと呼んで下さる?」
巨躯の男が現れる。革のエプロンは油と煤で黒ずみ、丸太のような腕には太い筋肉が浮き出ていた。
この工房を束ねる親方だ。
親方は入り口に立つソフィアを一瞥すると、手元の布でガシガシと手を拭った。その眼光は鋭い。
「……そいつは驚いた。うちの汚い木くずがお召し物を汚さなきゃいいんだがね、お嬢さん」
親方は低く太い声でそう言うと、粗野ながらも筋の通った一礼をして見せた。
「こんな煙くさい工房に、従者もつけず、お一人で一体何の用で? 馬車の一台でもお買い上げでなきゃ、お引き取り願うが」
「あら……ちゃんと買ってあげるわよ?」
二階の応接室に案内される。
職人見習いのような人が、ワインと軽食を運んできた。
「ごめんなさい。私、まだ成人していないの」
そう伝えてワインを下げてもらったが、成人していないことに驚いた様子だった。成人していない者が来ることはなかなかないだろうし、ソフィアは大人のようにも見える見た目をしている。
「それで……まず、家名を教えてくれんか」
「それは後。……揺れのまったくない馬車を作ってほしいの」
職人間で衝撃が走った。
「……それは、難しい話だな。他の馬車の作成もある。3年くらいかかるぞ」
「他の馬車?」
まるで思いつかなかったというように、ソフィアは尋ねる。
「ああ」
「……うふふ」
おかしそうに声を漏らす。
「何が可笑しい」
視線が鋭くなる。
「他の馬車ぁ?」
ソフィアは椅子の背もたれに、どかっと背中を預けた。
「そんなの、私の用件が先に決まっているじゃなぁい。そもそも、他の貴族など、私が知ったことではないわ」
声が高揚した。
「……貴族さんだろうが、その態度は何だ。家名を言え!お前さんの家には二度と作らんぞ」
怒りで震える声を聞き、ソフィアは、悠然と微笑む。
「あらぁ、出来るものならやってご覧なさい?私はこの国の筆頭公爵家長女、ソフィア・サブジーナスよ。私の手にかかれば、この店を潰して、二度と貴方達を就職させないことくらい簡単なの」
唇に指が触れる。
分かったぁ?と首を傾ける。
「なっ!……お前さんは、噂で善人だと聞いてたが」
職人たちは顔を真っ青にしながら驚愕した。
「ハァ……そんな噂、誰かが流したのよ。私は自分勝手に、欲望の、考えのままに動いただけよ。善人とが、気持ち悪い。二度と言わないでちょうだい」
「……」
「取り敢えず、前金はこれ」
そう言って、何かが沢山入った袋を放り投げた。
「全部で、金貨500枚は入っているわ」
「……」
日本円で1億円相当の前金に、呆然とする。
「何?足りないの?」
「は?いや、そんな……」
ソフィアは相手の言葉を無視し、追加で、金貨が入った三つの袋を投げた。
そして、何かが書かれたメモ用紙を置いた。
「要望している馬車の、私の考えた作り方よ。金が足りないのなら、公爵家に要求してちょうだい」
デザインは公爵家の雰囲気に合うようにして頂戴と言って、ソフィアは立ち上がる。
「1ヶ月以内に納品しなさい。もし遅れたり、期待外れの駄作を作ったら、この工房を焼き払って、貴方たちを一生日の当たらない鉱山で働かせてあげる」
「1ヶ月なんて正気じゃない!1年はかかる!その要望は死ねと言っているようなものだ……!」
「出来ないなら死になさい。まだやりもしないうちから、ごちゃごちゃ言わないで頂戴。耳障りなの」
「ッ……!」
「別に、今殺しても良いのよ?」
立ち上がり、応接室を出ていくソフィアの背中を、職人たちは血の気の引いた顔で見送るしかなかった。




