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65.悪役令嬢は意地悪く笑う

「それじゃあ、父上、母上、また今度!」

 次の日の午前、レオンは馬車に乗る前に大きく手を振った。

「ああ、また今度。休暇にはちょくちょく帰ってきてほしいな」

「楽しかったわ。ありがとう」

 ジュリアンとリーシェも、小さく手を振り返す。ギルは軽く会釈し、フランクも丁重に挨拶をする。

 皆が馬車に乗り、ソフィアも乗り始める。



「ソフィア!夏にでもまた会いに来て頂戴ね!」

「……考えておきます。それでは」

 背を向けたまま馬車へ足をかけ——かけなかった。

 ハッとしたように止まり、固まったのだ。それから、ソフィアは踵を返して父に近づく。

「私の私産のお金、自由に動かしても良いでしょうか?」

 彼女の言葉に、驚いたようにジュリアンはソフィアを見つめる。

「……良いよ」

「ありがとう存じます」

 会釈をし、馬車に乗り込んだ。

 そして、ゆっくりと馬車が動き出し、学園に向かって馬が走り出した。


 ◇   ◇   ◇


「あー!疲れた」

 学園の自室に帰って早々、着替えもせずベッドにダイブする。

「レオン様、せめて手を洗って着替えてからにしてください」

 レオンはうつ伏せのままぐったりしていたが、やがてゴロンと仰向けになった。

「だけど、ほんとに疲れた……。馬車に乗ったから、酔ったし」

 この世界の馬車は物凄く揺れる。乗る人によっては普通に吐くレベルだ。

 ちなみにギルは三半規管が強いらしく、ケロッとして元気に立っている。

「そうかもしれませんが、そこまで時間はかからないはずです。ちょっとは我慢してください」

「えー無理ー。嫌だー」

 薄く顔を青ざめさせながら、レオンは全力で拒否した。今は指1本も動かしたくない気分だし、根拠はないが、身体が動かない気がしていた。

 ギルは呆れたように息を吐くと、今もしわになりつつある制服へと視線を向ける。……この制服の目玉が飛び出るようなお値段について考え始めると恐ろしくなってきたので、深く考えるのはやめた。

 

 

「なにか、甘いものでも買ってくるので、立ってください」

「はい!僕チョコレート!ソフィアお姉様が前に作らせてた、板みたいだけど、とろける極上の甘さが忘れられないんだよね」

「了解です。ついでに、紅茶も買ってきますね」

「流石ギル!気が利くね!」

 途端に元気を取り戻し、レオンはベッドから跳ね起きた。そして、制服をバサバサと脱ぎ始める。

「ギル、チョコレート好きだっけ?」

「結構好きですよ」

 レオンは、それならばと提案をする。

「じゃあ、ギルも一緒に食べよう!フランクはチョコレート苦手だし、2人で」

 首をコテンと傾けて、ニカッと笑う。

 どう? どう? と期待に満ちた目で覗き込んでくる姿に、ギルは思わず幼い弟の面影を重ねてしまった。

「……勿論です」

 ギルは快諾すると、脱ぎ散らかされそうな制服を受け取り、レオンの着替えを手伝い始める。

(こうだから、憎めないんだよな……)


 ◇   ◇   ◇


 __スラム


 王都には、2つの面がある。

 王城や貴族の屋敷が立ち並ぶ、キラキラとした光の世界。もう1つは、家がなかったり家族を失ったりした人々の集まる、陰。

 鉄くずと波板の壁がひしめく路地には、腐臭を孕んだ生温かい風が澱んでいる。

 足元の泥水には、頭上に張り巡らされたロープから垂れた泥と濁った空気が映り込む。どこか遠くで甲高い子供の悲鳴と犬の吠え声が交錯し、錆びた屋根を叩く乾いた羽音が混じり合う。

 灰色の影のような住人たちは目線を合わせず、今日はどうやって生きようか、模索している。



 そんな所に、一般人なんて来ない。追い剥ぎにでも遭うかもしれないのだ。自ら入るのは、ほぼ自殺行為に等しい。

 ……筈だった。



 見て取れる気品に、上質な服や帽子。

 それらを纏った1人の女性が、護衛もつけずに、庭でも散歩するかのように歩いている。

 彼女の雰囲気に、通り過ぎられる人々は、圧倒され何も出来ずに居た。

「おい……お嬢ちゃん。金を置いていきな……ッ!」

 正気を失った目をした一人の薄汚い男が、ギラつかせたナイフを手に路地裏から飛び出してきた。だが、彼女は動揺を見せない。


 ガッ!!

 

「あぐっ……!?」

 彼女の鋭い蹴りが男の顎を正確に撃ち抜いた。

 高価な革靴のかかとで踏みつけられ、男は泥水の中に崩れ落ちる。汚れた靴底を男の服でゴシゴシと拭うと、塵でも見るような冷ややかな視線を投げすてた。

「汚らしい手で私に触れようとしないで頂戴。お前ごときが触れられるような価値じゃないの」

 その冷酷な声に、一瞬でその場が静まり返った。

 


 彼女は何事もなかったかのように歩みを進め、ふと立ち止まった。

 1人の少年の前で。

「ねえ、ついてきてくれる?」

 帽子から覗いたピンクの瞳が、意地悪く笑っていた。


 ◇   ◇   ◇

 

 あるところでは。

「お前誰ギャー!」

 また別では。

「誰か助けてー!」

 他のところでは。

「死にたくないー!」



「……改めて挨拶するわね。私は、ソフィア・サブジーナス。これから宜しくね?」

 怖がる大人や子供達の前で、ソフィアは優しく微笑みかけた。

シルバーウィークは毎日投稿します!

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