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63.黒幕系義弟は、義母と約束を交わした

——晩餐会


「お嬢様!極上の料理が完成いたしました!」

「ふーん。ま、期待はしないで食べてあげる」

「何という慈愛深さ!直ぐにアミューズを持ってこさせます!」

 目を輝かせながら、料理長は給仕係に合図を送る。そして、給仕の者達が、音を立てずに料理を置いていった。


 

「『春摘み完熟苺と極上生ハムのマスカルポーネ包み』でございます」

 領地で採れる、酸味のまったくない完熟の甘い苺と、クリーミーで油分を感じさせないフレッシュチーズを、塩気のある生ハムで包む。公爵家特製ソースをかけ、さらにナッツをふりかける。

 手間は無いが、見た目と食材にこだわった一品だ。

「凄いわ……」

 リーシェが感嘆の声を漏らす。

「生ハムの程よい塩分が全体を引き締め、そして苺の爽やかな甘さを引き立てる。かつクリーミー。とても美味しいわ!」

 開始早々ワインを空け、リーシェは少女のように声を弾ませた。

 美味しい美味しい、とワインをどんどん飲んでいくリーシェに、ジュリアンはストップをかけながら、料理長に言った。

「流石だな」

「有難き御言葉です」

 料理長はコック帽を取り、頭を下げた。



「オードブルは、『ホワイトアスパラガスと甘海老の冷製コンソメジュレ和え』でございます」

 そう説明され、レオンは顔を引きつらせた。そして、料理を親の敵でも見るかのように見つめる。

 そんな彼に気づき、ギルは声をかける。

「どうかなさいましたか?」

「あ……うん。……アスパラガス、僕嫌いなんだよね」

 視線をアスパラガスに突き刺しながら、レオンは言った。

 彼には、初めてアスパラガスを食べた際、吐き出しそうになった経験がある。ただし、ブラン侯爵家の時はそんなことをするわけにはいかなかった為、死ぬ気で食べていた。

「下げさせますか?」

「いや……食べてみる」

 初めて見るくらいの、嫌そうな顔をしながら彼は言った。


 

 フォークとナイフを震えた手で持ち、固唾をのむ。そして、パクっと、勢い良く食べた。

「……」

 無言で食べ進める。

「……」

「レオン様、大丈夫ですか?」

 心配になったギルはそう問い掛ける。

 レオンはフォークを置き、彼に振り返った。


 

「ギル!これすっごい美味しい!」

「えぇ!?良かったですね!?」

「冷たい琥珀色のジュレから広がる濃厚な旨味に、ホワイトアスパラガスの優しい甘みと、甘海老?のとろける甘みがすっごい美味しい!僕の知っているアスパラガスじゃない!美味い!」

 大絶賛するレオンに、ギルは興味を持ち始める。

「そんなに美味しいんですか?」

「うん!大のアスパラガス嫌いの僕が言うんだから間違いないよ!ほら、はい」

 レオンがフォークに料理を差し、彼に直接差し出した。

「え」

 固まった。

 フリーズし、暫く瞬きもしない。


 

「え、いや、そんなに気に入ったのならばレオン様が全部食べたほうが……」

「そりゃ沢山食べたいけど、美味しいものって共有したいじゃん?」

 ようやくフリーズを解除し話しだしたギルに対して、首をこてんと傾げ、レオンは無邪気に微笑んだ。

「……では、頂きます」

 ギルは慎重に、近づく。間を置いてから、その差し出された料理を、一口で食べた。

 もぐもぐと食べ、ごくんと呑み込む。


 

「……これ、美味しいですね!」

「でしょ!」

 珍しく声を張り上げたギルに、レオンは嬉しそうに頷く。それから、その勢いのままソフィアに問い掛ける。

「ソフィアお姉様も、美味しいと思わない?」

「え?」

 少し赤い顔で素っ頓狂な声を上げてから、黙り込む。

「……まあ、悪くはないんじゃない」

「ソフィアお嬢様!ありがとうございます。感謝感激でございます!」

「そう……」

 ソフィアは、必死に取り繕っているが、料理長の反応にドン引きしているのが目に見える。



「……騒がしいな」

 フランクの呟きは、周囲の声にかき消され、皆の耳には届かなかった。


 ◇   ◇   ◇


 「はい。ということで、学園に戻ってから何をするか作戦会議ー!」

 イェーイ! とレオンがひとりノリノリで場を進行する。

「まず、そこ!まだ夜の9時なのに、眠そうにしないでください」

 指摘されたフランクは、虚ろな目で不思議そうに首を傾げた。

「俺、いつも9時には寝てんだけど」

「え、嘘でしょ……。早くない?」

 参考までに言うと、一般的な彼らの就寝時間は、レオンが10時、ギルとソフィアが10時半から11時である。

「俺、逆に何で9時から寝れるのか分からないのですが」

「んー?そうか?俺、小さい頃からこんな感じだからな。習慣じゃね?」

 フランクはヘラヘラと笑うが、規則正しすぎる生活リズムに、レオンとギルは沈黙するしかなかった。

「まあ良いや。じゃあ、早速本題に戻っ——」


 バンッ!


 勢いよく扉が開いた。

 驚愕して振り返った先には、公爵夫人リーシェが仁王立ちしていた。



「……母上!?」

 愕然とするレオンに、リーシェは挙動不審に目線を泳がせながら早口で捲し立てる。

「お、おほほほ! 夜分にごめんなさいね。だけど、私の夫がソフィアと寝るって、羨ま……い、いいえ! とにかく! 夫にされたように、私もレオン、あなたと一緒に寝ようかと思って!」

「「「!?」」」

「あ、悪妻とか、ふしだらとかなんて、言わせないのだからね。 私の夫が先にやったんだものね。 私は何も間違ったことはしていないもの」

 たどたどしい弁明だが、その瞳はどこかワクワクと輝いている。

「母上、家族とはいえ一応義理ですし、流石に——」

「おほほほほ!ご、 ごめんなさいねぇ? ジュリアンを出し抜くために、大人しく私に利用されなさい! えーっと、ギル、フランク君、失礼するわね。何かあれば使用人にでも伝えて頂戴。そ、それではご機嫌よう。良い夢を。 おほほほほほほ!」

 言いたいことだけ言い放つと、リーシェはレオンの腕をガッと力任せに掴み、高笑いを響かせながら廊下の闇へと去っていった。


 

「……どうしたんだ、夫人は」

「……さあ……」

 残された二人は、呆然と連れ去られたレオンの残像を見つめる。



「……作戦会議します?」

 おどけた調子で、ギルが問い掛ける。

「主催が消えちまったからな、また今度だ」

「そうですね」

 面白そうに小さく笑って、2人は就寝の準備をし始めた。


 ◇   ◇   ◇


 就寝の準備が終わると、リーシェはレオンに向き合い、夫の愚痴を言い始めた。

「良い? レオン。ジュリアンはズルいのよ。『ソフィアと一緒に今日は寝るから』だなんて、ドヤ顔で自慢してきて……! わ、私も、一緒に寝たのは3歳くらいで終わりなのに……!」

 拳をギュッと握りしめ、ベッドの上でプンプンと怒るリーシェ。

 レオンは苦笑しながら、毛布を掛け直してあげた。

「はあ……それは、災難でしたね?」

「そうなのよ!もう、嫉妬しちゃうわ!」

 きっぱりと開き直る母の姿に、レオンは肩をすくめる。そして、ソフィアではなく夫に嫉妬する所、親バカだと、微笑ましく思う。


 

 しかし、ひとしきり夫への愚痴を吐き出したリーシェは、ふうと息を吐くと、急に表情を変えた。

 ニヤッと、どこか意地悪で、全てを見透かしたような笑みを浮かべる。

「……ところでレオン。貴方、私達に隠していることがあるでしょう?」

「え?」

 突然のことに、レオンは首を傾げる。本当に、考えつかなかったのだ。

 彼にリーシェは顔を近づけ、楽しそうに目を細めた。

「貴方、ソフィアに『家族』以上の感情を持っているでしょ」

「っ……!?」

 唐突に隠していた核心を突かれ、ボンッ!とレオンは顔を真っ赤に染める。

 あわわと、動揺が目に見えた状態で、「えっ…あっ、何故……」と狼狽する。そんな彼の様子に、フフッとリーシェは笑う。


 

「ソフィアが変貌してから、いえ、その前も。貴方、ずっとソフィアから目を離さないでしょう? いっつも見てるわよねー?」

「ええええぇいや、そっそんなことは無いですよ?」

 完全にバレバレではあるが、必死の抵抗として、否定をする。

「『恋』については、私もちゃんと分かっているもの。間違えることは無いわ」

「……」

 柔和に微笑され、レオンは黙る。そして、その頭脳をフル回転させながら、顔からうっすらと血の気を引かせていた。



(ど、どうしよう……。姉のことを好きになるなんて、義姉であってもあり得ない。叱責とか……されるかな。今後、ソフィアお姉様との接触禁止を言い渡されるかもしれない。ソフィアお姉様と1日会えないだけでも嫌なのに、そんなの耐えられない。そうなったら、いっそこの地位を捨て……)

「私は応援するわ!」

「……え?」

 聞き間違いかと、レオンは驚く。

「恋には理由なんて無いわ。好きになった、それだけ。でしょ?だから、私は、全力で応援するわ!」

 にこにことしながら、リーシェは言った。

 レオンは、信じられないと言わんばかりの表情で、言葉を落とす。

「本当……ですか……?」

 瞳の奥が揺れている。

「本当よ。私が嘘をついたことなんて、両手で数えるくらいしか無いわ」

 彼は目をパチクリと瞬かせ、そしてくすっと笑った。

「そこは、『1回もないわ』じゃ無いんですか?」

「ふふ、そうね」

 彼らはクスクスと笑い合い、それから親指同士をギュッと強く押した。強く。



 こうして、リーシェとレオンの極秘同盟が成立した__

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