62.幼馴染達は使用人に畏怖する
ギル達がそのまま廊下を歩いていると、ふと、甲高い声が聞こえた。見ると、使用人とソフィアが居る。言い争いをしているのだろうか。
ギルが、眉を顰め、彼女らに近づいた。
「おい、ソフィ……」
「貴方達なんなの!?脳みそないの!?あるわよね!?」
(!?)
ソフィアが、悔しさと怒りで目を潤ませていた。
(どういうことだ!?)
想像していた状況と違うことに気づき、彼らは戸惑った。
◇ ◇ ◇
遡ること3分前。
ソフィアは屋敷を歩いていると、掃除をし終わった様子のメイド達を発見した。良いことを思いついたというふうに、彼女はほほ笑む。
「あら、貴方達何をしているの?」
髪をはらいながら、メイド達に近づいた。
「ソフィア様!」
嬉しそうな声が廊下に響く。
「掃除を丁度終わりましたの」
「あら、本当?」
クスリと笑って、近くの窓をハンカチでキュッと強く拭く。本当に微量だが、埃がついた。
「うっすら、埃が残っているわよ?本当に掃除終わったの?」
それから、あからさまな容姿への難癖を口にする。
「私より小さい、子どものような体格の人や、男性のように身長の高い人、何の特徴もない代わり映えのしない人達ですものね。しょうがないのかしら?」
クスクスと、彼女は笑う。その瞳には、「相手を傷つける愉しさ」が映っているはずだった。
「そんな……」
怒るか、悲しむか。
どちらだろうかと反応を楽しみにする。
「無邪気で可愛らしいだなんて……」
「スラッとしていて、スタイルが良いだなんて……」
「普通に優しくて可愛らしいだなんて……」
(?????)
想像していた涙や怒りではなく、ただの黄色い悲鳴が返ってきて、ソフィアは完全にフリーズした。
「……何言ってるの?…はっ!貴方達、ポジティブ思考なのね。おめでたいこと。そんな屈折した解釈が出来るだなんて」
「ありがとうございます」
「褒めていないわ!」
心の底から感謝をしているように見えた彼女達に、ソフィアは速攻で否定する。
「急にどうしてそうしたのかは分かりませんが、ソフィア様に褒められて、嬉しいです。皆に自慢してしまいそう!」
「あら、するの間違いでしょ?きっと、皆羨むわ!」
メイドの発言に、もう1人のメイドが付け足す。
「だから褒めてないわよ!無邪気、スタイルが良い、優しい。どれも一言も言っていないわ!」
「照れ隠しなさらなくても良いのですよ」
可愛らしいものを見るかのように、はにかむ。
「してないわ!」
「またまた〜」
どこまでも好意的に解釈してくる無敵のポジティブ集団に、ソフィアの理性が限界を迎える。
「貴方達なんなの!?脳みそないの!?あるわよね!?」
そして、今に至る。
「……ここの使用人、どうなってんだ?こえんだけど」
フランクが、顔をうっすら青ざめながら言った。
「うん……同感だよ」
レオンも、使用人たちの異常さは理解していたが、ここまでとは思わなかったらしく、呆然と呟く。
「まあ、ここの使用人は、可笑しいですから」
(色々と)
この中で1番彼女達使用人と接する機会の多いギルが、冷めた目で言った。
「僕は、可笑しい人たちに囲まれて育ったのか……」
レオンは、何とも言えない表情で彼女達を見つめた。
「もう良いわ!お掃除ご苦労さま!」
ソフィアは捨て台詞を言い放つと、乱雑にレオンたちの横を通り抜けて立ち去ってしまった。
「あの……大丈夫ですか?」
ギルが、彼女達に声をかける。3人はきょとんとして、「何がですか?」と平然と尋ね返した。
「ソフィア様が……」
なるほどと納得し、背の高い人が答えた。
「そのことなら大丈夫です。どうしたのだろうとは思いましたが……あれくらい、たかが悪口です」
「た、たかが……?」
発言の意味が理解できず、ギルは思わず戸惑いの声を漏らす。
背丈の低いメイドがそっと前に出ると、微笑んだ。
「手を出されたわけでもありませんし、何も問題はございません。ソフィア様は相変わらずお優しくて、可愛らしいですわ」
まるで幼い子どもを見守るかのような温かな眼差しで、彼女たちは事もなげに言った。
(やべぇ、何ひとつ共感できねえ……)
フランクは表情を崩さないまま、内心でドン引きしていた。
「……その基準、流石に低すぎないですか?」
思わず口を挟んだフランクに、彼女たちは面白そうに目を細めた。
「ふふ、フランク宰相子息……そのような御冗談はお控えくださいませ」
「いや、冗談じゃなくて……」
「——高いですわ」
低い声で、きっぱりと、冷ややかに言い切られた。
「私たちの基準は、決して低くなどございません……!」
その瞬間。
ゾワゾワッと、フランクの背筋に凄まじい悪寒が走った。
たかが使用人の、一瞬の視線。それなのに、まるで凄腕の刺客に首元へ刃を突きつけられたかのような、圧倒的な圧迫感。
(なんだ……こいつら……!?)
圧に呑まれるフランクを前に、彼女たちは何事もなかったかのように瞬時に貼り付けたような微笑へと戻る。
「私達ごときが過ぎた真似を。大変失礼いたしました」
一分の隙もない見事なカーテシーを披露し、彼女たちは静かに立ち去っていった。
「……なあ、怖いんだが」
フランクが、真顔でギルの服の裾をギュッと掴む。
ギルは哀れむような視線を彼に向けると、その肩へ、ポンッと優しく手を置いた。
「うちの使用人の中じゃ、中の上くらいです」
「うーわ、サブジーナス家の使用人やっべぇー」
フランクは遠い目をした。




